Mirror

雨影

第1話

寄せては返す人の波と雑音に飲み込まれそうになっている俺、天谷ケイは渋谷のハチ公の前で待ち合わせをしていた。


待ち合わせしているのは幼なじみのミサトだ。ミサトとは幼稚園の頃からの仲で高校まで同じという、まるで漫画やドラマのような幼なじみだが、現実はそんなロマンチックではない。


進路の関係で全く違う方向に進み、大学ももちろん違えば俺は一人暮らしをすることになってそれきり会うこともない。


東京に住み始めて1年、久しぶりに連絡を取り会うことになったのだ。ロマンチックではない関係の俺らだが、小さい頃に妹が行方不明になった俺にとって、ミサトは心の支えとなってくれた。


そして、今に至る。

集合時間の5分前にミサトはやってきた。


大学生になって高校の頃よりオシャレになっていたが、それ以外は全く変わりのない俺の知ってるままのミサトだった。


互いの今の生活のこととか、思い出話とか、流行りの曲とかの話をしながら、俺たちは街を歩き回った。


ゲーセンに行き、服を買って、ネットで評判の飲食店に行き、映画を見て、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


「今日は楽しかったよ!ありがとう」

そう言うミサトの笑みを見て俺はまたしばらく会えない事を実感し、帰るミサトを見送った後に涙ぐんだ。


電車に揺られ、葛飾に帰る。

「ただいまー…」

パチッと玄関の電気をつけると今はもう見慣れた寂しい部屋が照らされる。


また、1人に戻ったんだ…


今日の楽しい思い出は夢であるかのように曖昧になっていく。一人暮らしの寂しい大学生が作った妄想だと、誰かに言い聞かされている気分だ。


無言で静かな部屋で夕飯の支度を始める。

と言っても帰りに寄ったコンビニで買った冷食をレンジに入れるだけだ。


ピッとボタンを押してガーとレンジの音がなる。


静かな部屋に響くその音は、なんとも虚しいものだ。


ピンポーン


新しい音が加わった。

「こんな夜中に…何か頼んだか?」


ドアの穴を覗くと、外にはミサトがいた。

「ケイ…開けて?」


ついに俺は寂しさで頭がやられたのか?

帰ったはずのミサトがドア越しにいる。


「ミサト?帰ったはずじゃ…」

「実は、自分の気持ちを伝えなきゃって途中で引き返したの」


おいおい、これって…

もしこれが現実だったらとんでもない事だ。


声を整えて、話し出す。

「気持ちって…何?」


自分でもかっこ悪いなと思いつつ、俺はとぼけることにした。


「うん、それを伝えたいから…ドアを開けてくれる?」


確かにドア越しに告白はないわ。


「ごめん、今開ける」


開けた。


そこには顔を赤らめたミサトが立っている。

幼なじみでありながら可愛い。


「それで、伝えたいことって…何だっけ?」

「うん、実はね…これ!受け取って!」

そう言ってミサトは後ろに組んでいた手を俺に向けた。その手には包丁があり、俺に目掛けて襲いかかる。


咄嗟に避けるがミサトは体勢を整えまた俺を包丁で刺そうとする。


何が起きてるか分からなかった。

頭は真っ白なまま、ただただ幼なじみから逃げるしか無かった。


何も考えずにキッチンに逃げ込んだ。

しかし、そこは行き止まりだった。


逃げ道もないまま、俺は立ち止まる。

「なぁ、どうしたんだよ」


とりあえず話しかけてみた。

「俺が何かしたか?今日、何か嫌な部分があったか?」


すると、ミサトは口を開く。

「ううん、あなたは何も悪くないわ…


だからこそ…」


死んで。


全く意味がわからない。意味がわからないまま俺は死ぬのか


そう思った瞬間、大きな爆発音が部屋に響いた。


ボンッ!


レンジからだった。

そう言えば冷食を加熱し続けたままだった。


反射神経で縮こまったミサトの手を俺は掴み、包丁を取り上げる。ひも状なもので手足を縛り、暴れないようにした。


ずっとミサトは俺を睨んだまま唸っている。


「殺させろ…殺させろ…」


何が何だか分からないまま俺は座り込んだ。

俺を殺そうとしたとはいえ、幼なじみだ。警察に通報するのは抵抗がある。


そもそも何で俺を殺そうとしたのか?

何も理由はないと言ったが…本当なのか?


「頼もー!」

突然高い女の人の声が聞こえた。

振り向くとドアを蹴って俺の部屋に入ってくる緑色の髪が目立つ女の人がいた。


「おぉ!こいつか〜!」

女の人はミサトをまじまじと見ている。

「殺させろ…」


「ねぇ、キミ!この子の知り合い?

この子って元からこんな感じなの?」


「いえ、全然違います!めちゃくちゃ優しくて…明るくて…とてもっ!いい奴です!」

咄嗟に俺は答えた。

本当は、いい奴…のはずだ。


本当は…


「ふ〜ん、そっか!



じゃあ、殺すね!」


緑髪はそう言ってミサトに銃のようなものを構えた。


「え?」

俺が声を出したと同時に、破裂音のような銃声が響き、思わず目を閉じた俺が開けた時に映ったのは…


幼なじみだったはずの肉片と床に広がる血溜まりだった────。


「ふぅ、仕事完了!じゃあケイくん、行こうか!」


緑髪は笑顔で、俺に手を差し伸ばす。


燃えてるレンジに照らされてるその笑顔は、何とも無邪気であまりにも美しかった…

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