第20話 致命的な間違い

 扉を開け、部屋に足を踏み入れる。


 中は机に椅子とベッドだけと簡素なものとなっており、必要最低限といった感じだ。


「部屋の中のものは勝手に使え」


 入り口でたたずむジークが言い放つ。


「ありがとう」


 ジークの言動自体は冷たいが、突き放すことはせずほどこしてくれるので実は優しいのかもしれない。


 エルシアの前で良いところを見せたいというのもある気はするが。


 そんなことを思いながら、ルドは礼を口にする。


「何かあればエルシアではなく、僕に言え。いいな?」


「分かった。そうする」


 ジークの声音は依然いぜん冷たいが、なんとなく彼の人となりが分かってきたおかげで最初ほど委縮することはない。


 机に荷物を降ろして、辺りを見回しながら今から何をするか考える。


 エリナとは部屋が別れていることもあり、雑談することもできない。


 隣の部屋にお邪魔することも考えたが、彼女の部屋にはエルシアがいるためジークの機嫌を損ねてしまう可能性がある。ここは大人しくしておくのが賢明だろうと考えていると、ルドの手持ち無沙汰を察したのかジークが提案する。


「暇なのであれば書斎で本でも読んでろ。屋敷内を徘徊されるよりマシだ」


「書斎があるのか」


 どういった本があるのだろうか。純粋に気になる。


 興味をそそられ、ジークに尋てみる。


「何処にあるんだ?」


「一階の廊下、突き当りだ」


「そうか。ありがとう」


 ジークが提案したので当然と言えば当然なのだが、すんなりと場所を教えてもらうことができ、驚きながら礼を伝える。


「さて、僕は結界の点検があるので失礼させてもらう」


 そう言うとジークは部屋から立ち去り、足早に廊下を歩いて行った。


 一人だけになり、部屋に静寂せいじゃくが訪れる。


 ――書斎に行く前に何かやることはあっただろうか。


 考えを巡らすが、やれることは見つからず本当に暇なのだと実感する。


「書斎に行くか」


 部屋から出て廊下を歩いていく。


 隣の部屋の前を横切るときに、エリナたちの楽しそうな声が聞こえてきて少し安心した。


 昨日の出来事はそう簡単に乗り越えられるものではないが、いつまでも沈んだ気持ちでいるよりかはいいはずだ。


 偉そうなことは言える立場ではないが心配ぐらいなら許されるだろう。


 そんなことを思いながら、階段を下りていく。


「どっちだ?」


 階段を下りた先の広間で困惑しながら呟く。


 左右対称になっている屋敷には当然、どちらにも廊下がある。


 廊下を眺め、どちらが正解か考えるが答えがでることはない。


「ジークはいないよな……」


 結界の点検がどうとか言っていたことを思い出す。


 エルシアに聞くのが妥当ではあるが、ジークにバレた時のことを考えると恐い。


 そんなこんなで悩んでいると、ジークと会った時のことを思い出す。


「たしか……」


 ジークは左側から来ていた。


 これだけ広いと生活圏も限られてくるはず。必然、生活にそれほど困らない書斎は右側にある可能性が高い。


 そうして思考を終え、右に進むこと決める。


 突き当りまでの距離は意外とあることに驚きつつも、廊下を進んでいく。


 いくつか並んでいる部屋を横切った辺りで形容し難い嫌な感覚に襲われる。


 最初は足取りが少し重くなった程度だったが、頭が痛くなり身体も少しふらついてきた。


 恐らく、少しだが雨に打たれたせいで風邪でも引き始めたのだろう。


 書斎で本でも見繕って早く戻ろう。そう思いながら足を進めていると、ようやく突き当りにある扉の前まで辿り着く。


 ドアノブに手を掛けるが他の扉と比べ、ドアノブの位置が高くなっていて開けるのに少し苦戦する。


「開いた」


 鍵でも掛かっていたらどうしようかと思ったが、すんなりと開いた扉を見て安堵する。


 扉を押し、中に足を踏み入れる。


 中は薄暗い。


 少し無理をしたせいか、更に体調が悪くなり視界が揺れる。


 中が薄暗いことなど気にする余裕はなく椅子を探す。


 すると、すぐに椅子は見つかり、ルドは腰を落ち着ける。


「なんだここ……」


 書斎と聞いてきたのだが、視界には本棚の一つも映っていない。


「部屋、間違えたのか」


 ようやく状況を呑み込めてきたルドは部屋の中を見渡す。


 薄暗い部屋だが目が慣れ大体のものは、はっきりと見えるようになったのだが。


「なんだこれ……」


 部屋中にびっしりと何かが描かれていた。


 椅子から立ち上がり、壁に近づいて描かれたものを観察する。


「式、なのか?」


 何かを計算しているような。


 一体何なのか。見当もつかない。


 一旦壁から離れ、椅子に座ろうと視線を変えた瞬間。


「魔法……陣?」


 床には中心から広がるような幾何学きかがく模様が描かれていた。


 そしてその中心には椅子があり、その上には、


「ぬいぐるみ?」


 クマのぬいぐるみが鎮座ちんざしていた。


 どういうことか分からない。魔法陣かも確証は持てない。


 だが、これはみてはいけない類のものだとは分かる。


 床に描かれた幾何学模様の魔法陣と狂気的なまでの計算式。


 早くこの部屋から出なければ。


 今にして思えば、吐きそうなほどの体調の変化はこの部屋に人を寄せ付けないためのものだったのだろう。


 急いで身体をひるがえして、部屋の出口を目指す。


 扉を開け、廊下へと出ようとした瞬間。


 玄関の扉が開く音が聞こえた。

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