第15話 決壊

 バルバトスからの返事があり、現実なのだと気がつく。


「死んだのかと思ったぞ」


 目の前に立つ彼を見てそう呟く。


「すまない。逃げられてしまってね」


 満身創痍まんしんそういのルドを一瞥いちべつし、申し訳なさそうに答える。


「エリナ、ルドを頼む」


 驚きで硬直していたエリナにバルバトスは声を掛ける。


 その呼びかけで我に返ったエリナが急いで駆け寄ってきた。


「ここは任せて、早くエリナに癒してもらうといい」


 バルバトスは、肩を貸してもらい運ばれていくルドにそう伝える。


 傷だらけのルドを見届け、男と対峙して剣を構える。


「さて。そろそろ決着をつけようか」


 その言葉を皮切りに、両者は地を蹴った。


 剣と爪がぶつかり、金属音が鳴り響く。


 鍔迫つばぜり合いになるが、それをバルバトスは力で押し勝ち爪を弾く。弾かれた男の胴が空き、すかさずそこに蹴りを入れる。


 蹴り飛ばされた男は宙を舞い、地を転がる。


 男はすぐに体勢を整えたが、バルバトスはできた隙を逃さない。男に肉薄し、体勢を整えた瞬間、剣をを振り下ろし追撃を加える。


 それを男は本能的に感じ取ったのか、視認することなく横に転がり回避した。


 バルバトスは追いかけるように一撃、また一撃と斬りこんでいく。


 が、男は横に飛び、跳躍することで追撃から逃れる。


 身軽な男は宙を舞い翻弄ほんろうしようとするが、バルバトスは徐々に対応して堅実に詰めていく。


 両者、爪が掠り、剣がえぐり、裂傷から血が噴き出す。


 永遠にも思える攻防を繰り広げ、男に致命的な隙ができた。


 隙を逃すまいと剣を振り下ろす瞬間、バルバトスは直感的にそれが罠だと理解した。しかし、気が付いた時には既に遅く、振り下ろす腕は止まらず男の身体を切り裂いていた。


 剣が身体を抉り、致命傷の傷を負いながらも痛みに叫ぶことはなく、男はただ不気味な笑みを浮かべている。


 直後、ぐしゃり。と何かを貫く音がした。


 紅い液体が地面に溢れ落ちる。


 バルバトスは立って居られなくなり膝をつく。


 何が起きたのか、一瞬の出来事に全員の理解が追いつかない。


 白と黒のシンプルな服装を真っ赤に染め上げたバルバトスの胸には男の腕が突き刺さっていた。


「そ……ぅこと……か」


 バルバトスの脳裏に入り口で腕を斬り落とした光景が過ぎる。


 血が逆流して息が出来なくなり、地面に手をつき吐血してから大きく息を吸う。


「ッゴホ……」


 血が気管に入り、バルバトスは咳き込む。


「ウヒャッヒャヒャヒャ」


 男はわらいながら、バルバトスへと手を伸ばす。


 そうして男に腕を抜かれ、胸から鮮血が飛ぶ。


 腕に力が入らなくなったのかバルバトスは地面に倒れ伏し、動かなくなる。


「嘘だろ……」


 目の前の光景が理解できない。


 一瞬の出来事で理解が追いつかない。


 頭が理解するのを拒み続ける。


 それはエリナも同じようで、「また失ってしまった……」とうわごとのように呟いていた。


 男は動かなくなったバルバトスの首を掴み持ち上げる。すると鎌のような爪で再び腹へと突き刺した。


 男の爪に鮮血が流れ、地面へとしたたり落ちる。


 満足したように男は腹から引き抜き、爪に流れる血を舐め始めた。


 やがて一通り舐め終わると、男は怒りを露わにする。


「アァアァ!」


 洞穴の奥へと駆け、掴んでいたバルバトスの身体を壁へと叩きつけた。


 衝撃が壁を揺らし、洞穴内を振動させる。


 雨音を塗り替えるほどの衝撃音が、茫然自失ぼうぜんじしつだったルドの意識を正気に戻す。


「バルバトス……」


 刀を握り締め、目の前の仇を見据える。


 男が手放したバルバトスの身体は壁の崩落に巻き込まれ、土砂の中に消えていった。


 その光景を目にし、激情が己を支配する。


 男が振り向いた瞬間、地を蹴った。疾風のように一直線に駆ける。


 避ける間も与えず、刀を振り下ろす。


 刀は男を捉え、胴へと迫る。しかし、それが男へと届くことはなかった。


 男の足元から柱が伸び、ルドの身体ごと宙へと打ち上げる。宙を舞うルドの身体は無防備だったが、男は遊んでいるのか追撃はなかった。


 受け身を取って着地したルドは、思考を捨て再び男へと迫る。


 男の首筋へと刀を滑らすが、それを爪で止められる。


 鍔迫り合いになった瞬間、鋭い痛みが横腹を襲う。


 男の爪が横腹を抉り、生温かいものが溢れ出す。


「……ッ」


 口から苦悶くもんの声が漏れ出る。


 男に鍔迫り合いで力負けして、横腹に強烈な蹴りを入れられる。


 ルドは地を転がり、立ち上がろうとするが身体が全く言うことを聞かない。


 男は動けないルドを放置し、放心していたエリナへと近づいていく。


 止めなければ、動かなければ、そう思うのにルドの身体は動かない。


 そうして目の前に立った男はエリナへと蹴りを入れる。


 悲鳴が上がり、エリナは転がる。


 男は彼女の首を捕まえ、嗤いながら締め上げていく。


 苦悶の声を上げ、抵抗するが男には効果がない。


 徐々に対抗する力が弱くなっていく。


「ヒャッヒャヒャヒャ!」


 まるで遊んでいるかのよう。


 早く、エリナを助けなければ。


 身体を動かす、全身の骨が軋む。


 身体が悲鳴を上げる。


 横腹に激痛が走る。


 意識が朦朧もうろうとしながらも、なんとか立ち上がる。


 だが、そこからは脚が、腕が、身体が動かない。


 動け、動け、動け動け動け。


 視界が紅く染め上げられていく。


 怒りが思考を支配し始める。


 自分の弱さへの呆れ。


 理不尽な世界への怒り。


 目の前の男への憎悪。


 嗤う男を見据え、動かない身体にむちを打つ。


 首を絞められるエリナが再び苦悶の声を漏らした瞬間、自分の中で何かが決壊けっかいする音がした。

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