第14話 もう逃げない

「アァア゛――」


 突然、断末魔のような絶叫が洞穴内に響き渡る。


 あまりの声量に気分が悪くなるが、同時に安堵あんどした。


 この声は恐らくバルバトスではなくあの男のものだろう。


 だが油断はできない。今は一刻も早くここから逃げなければ。


「今の声聞いただろ。あの声がどっちだろうと俺たちにできることは何もないんだ」


 そう言って足を止めてしまったエリナの手を掴み、再び走り出す。


 一緒に走るエリナは納得していなかったが、他にできることがないのも確かで渋々といった形だが付いてきてくれる。


 夜ということもあり洞穴内は暗く進むのは厳しいと思っていたが、目が慣れてさほど問題なく進むことができた。


 そしてルドたちは問題なく進むことができた最悪な理由を知ることになる。


「嘘だろ……」


 開けた場所にでたルドはそう零す。


 視界に映る景色は円形に広がっており、見る限り通路はなく行き止まり。天井には火口を思わせるような大きな縦穴が空き、そこから雨が降り注いでいた。


 脱出するのであれば来た道を戻るか、山の如き高さを誇るこの壁面を上るしかない。


 前者は魔族がいるため却下、後者は物理的に不可能だ。


 いきなりのことだったとは言え、洞穴内に逃げたのは失敗だった。


 一度、確認しておくべきだったと唇を噛む。


「どうすれば……」


 出口がないとなるとバルバトスの勝利に期待するしかない訳だが。


 自分の力不足が歯がゆい。


 どうするべきか思考を巡らせているとエリナが何かに気づく。


「誰か来ます」


 その一言で思考を中断し刀を抜く。誰が来る……?


 バルバトスか男か。二択だが、その二択で自分の生死が分かれるのだからたまったものじゃない。


 どちらが来るのか、刀を持つ手に緊張で力が入る。


 何かが見えた瞬間、エリナを押しのけ反射的に刀で受け流していた。


 刀に衝撃を受け、金属音が鳴り響く。


 我ながらよく受け流せたと思う。


 衝撃で刀を持つ手が震える中、後ろで何かが着地する音が聞こえた。


 襲撃された。それはつまり……


 振り向くと、あの男が視界に映る。


「逃げろエリナ」


 逃げることはできないと悟り、エリナに逃げるよう促す。


「俺が時間を稼ぐ」


「いや」


 エリナは聞き分けのない子供のように拒否する。


「いいから逃げてくれ!」


 エリナに付き合っている余裕はなく、語気が強くなる。


「いやなの! もうこれ以上失うのは」


 刀を構えるルドに肩を並べ、エリナは答える。


「責務も責任も棄ててしまったけど、もう逃げない」


 彼女の心境に何があったのか分からないが、覚悟の決まった横顔を見て何を言っても無駄なのだと悟る。


 男が来たという事はバルバトスはもう死んだのだろう。


 満身創痍まんしんそういの様子を見るに勝機はあるのかもしれない。


 可能性があるというだけで少し心が軽くなる。


 覚悟を決め、一歩を踏み出す。


「いくぞ!」


 その一言に反応し、男も動き出す。


 男の凶器が振るわれ、ルドの刃がそれを迎え撃つ。


 爪と刀がぶつかり合う。


 初動は見えた。素早いが加速されなければ対応は可能なはずだ。


 考えることをやめ、全て反射的に身体を動かす。


 第二、第三と命を直接狙いにくる一撃が繰り出されるが、それを全て捌いていく。


「ッ……!」


 男に生じた隙に刃を滑り込ませるが、首を捉えたはずの刀は虚空を斬った。


 驚くことにわざと体勢を崩すことで、男は死を回避した。


 一瞬の迷いが生死を分けるこの状況でその判断を下した男に感服する。


 そのまま男は地面に手をつき、跳ねることで距離を取った。


 自由自在なその身のこなしに翻弄ほんろうされ、呼吸が乱れる。


 息を整える間もなく再び男が突進してきた。


 刀で爪を弾き、押し寄せる追撃を受け流していく。


 追撃を捌ききり、本命の一撃を躱すことでがら空きになった頭に刀を振り下ろす。


 確実に捉えたはずの刀は男の爪に弾かれ、宙を舞う。


 両者に隙が生まれたが切り返しは男の方が早く、無防備な胴に強烈な蹴りが入れられ地面を転がる。


「……ッ」


 急いで身体を起こすと胸の辺りが強烈な痛みに襲われ、口の中が鉄の味で満たされる。気持ち悪くなり、吐き捨てると血の味だったという事に気が付く。


 身体を動かそうとすると、激痛が走る。


 骨を折った経験はないが、これは折れているなと感覚的に分かった。


「動かないで」


 エリナの近くに飛ばされたらしく、魔法で癒してくれる。運がよかった。


 痛みが和らいでいくがすぐにエリナを押しのけ、刀で受け流す。


 敵が待つ道理はなく、先ほどまでエリナのいた所を長い凶器が通過した。


 すかさず斬りこむが、華麗な身のこなしで翻弄され当たらない。


 追撃を畳みかけて命を狙いに行くも躱され、受け流され、弾かれる。


 大きく弾かれたことで隙ができ、胴へと爪が迫る。が、背後でエリナが魔法発動の兆候を見せたことで、男は大きく後ろへと飛び退き距離を取った。


 しかし、エリナの魔法は発動することなく終わり、それがブラフだったと分かる。


「助かった」


 エリナのブラフに助けられ、感謝の言葉を口にする。


 騙されたことが分かったのか男は怒り、咆哮ほうこうを上げる。


 再び男が突進し、爪を振るう。


 初撃を躱し、刀を横薙ぎに振り払う。


 胴を捉え、確実に斬りにいく。


 それを男は跳躍して宙を舞うことで回避する。


 背後を取られ急いで振り向くと、男の凶器が眉間を捉えて回避不可能な所まで来ていた。


 死がすぐそこまで来ているのを感じる。


 時間の流れが緩やかになり、思考が加速する。


 走馬灯が見えだした瞬間、視界に剣が映った。


 眉間を貫くはずの一撃は、何者かの剣によって弾かれる。


おせえよ」


 走馬灯が見せるものなのか、現実のものなのか。判別がつかないまま声を上げる。


 エリナは驚きを隠せず、男は大きくうなる。


「遅れてしまってすまない」


 紺色の髪をなびかせ、バルバトスはそう答えた。

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