第5話 引き寄せすぎ

「魔獣出ないといいですね」


 周りを森に囲まれた街道を進みながらエリナが呟く。


 エリナ曰く魔獣に狙われやすい体質らしいが、本当にそうなのだろうか。

 思考を巡らすルドに素朴な疑問が生まれる。


「その体質って魔物にも効果あるのか?」


「分かりません。魔物は魔界付近の地域に行くことがない限り出会うことはほぼないので」


 確かに。魔界から大きく離れたこの地域ではまず出会うことはない。


 魔獣と魔物の違いは曖昧あいまいなものだったりする。


 魔獣は獣がマナの過剰摂取により変異したもので、魔物は魔界の生態系のものとされている。見た目も様々なため見分けるのが意外と難しい。分かりやすい違いは死体が残るか残らないかというもの。魔物は体の大部分がマナで構成されているため死ぬと霧散むさんしていき死体はほとんど残らない。昔、興味があって調べたときのことを思い出しながら考える。


 魔物はマナを求めて行動するという。エリナのマナを求めてきているのだとすると、マナの濃い魔界付近でしか生息していない魔物ももしかしたら。


 そんなことを考えていると再び新たな疑問が生まれた。


「なぁ。あの長文詠唱って誰に教えてもらったんだ?」


 先ほど森に向けて放とうとした大規模魔法。


 これまでヒューゴの下で十二年魔法について勉強してきたが、見たことも聞いたこともない魔法だった。ルドには魔法は使えないが魔法について普通の魔法使いよりも詳しいという自負がある。家を出て数日で出会った少女に知らない魔法を見せられるというのは、その自信を打ち砕かれることと同義であり、まだ知らない魔法への希望を植え付けるには十分だった。


 マナがほぼなくても使える魔法の可能性に期待が膨らんでいくルドを横にエリナの顔は引きつっていた。


「両親から教えてもらいました」


「凄い両親だな」


 エリナの両親も凄い魔法使いだったのだろう。


「そんなに凄いのに何で放浪してたんだ?」


 大規模魔法を扱えるというだけで引く手あまただろうし、自由に生きるなら放浪ではなく旅というはずだ。


「それは……」


 ルドの疑問にエリナが言いよどむ。


 その姿を見て、踏み込んではいけなかったところを踏み込んでしまったとルドは自覚する。


「言いたくないなら――」


 その先が出てくることはなく、ルドは肩にぶら下げていた刀に手を当てる。


 遅れてエリナも気づき、辺りを見回す。


 茂みが大きく揺れ、犬型の魔獣が姿を現す。

 見る限り一体だけで安堵あんどしていると、最初の一体に続くようにして茂みから追加で三体現れ、反対側の茂みからも三体現れて囲まれてしまう。


「最悪だ。引き寄せすぎだろ」


 この数は無理だと思い、どうするべきか考える。


「エリナ、他に使える魔法は?」


「自爆覚悟でいいなら」


「使えない!」


 エリナが戦力にならないことを知り、ルドは頭を抱える。


 この際、置いて逃げるという案が頭をよぎったルドにエリナが釘を刺す。


「死にそうになったらこの辺り一帯を吹き飛ばすので頑張って守ってください」


「それは俺が死んでからにしてくれ」


 何も案が浮かばず、焦りをエリナとの軽口で落ち着ける。


 覚悟を決め、魔獣と対峙たいじする。


 刀を抜いたのを皮切りに、魔獣は咆哮ほうこうを上げ容赦なく襲い掛かってきた。

 それを全神経、培ってきた全技術をもって迎え撃つ。


 一匹目の魔獣が口を開け、鋭い牙をき出しに命をむさぼろうと走ってくる。

 その魔獣が直前で跳ね、胴を捉えた牙が迫る。それを身を捻ることでかわし、がら空きとなった魔獣の首へと吸い込まれるようにと刀を振り下ろす。


 一瞬にして首を切断された魔獣は勢いをなくして地面を転がった。だが、同族が殺されたことに委縮いしゅくすることなく魔獣は喰らいついてくる。


 真横からの噛みついてきた魔獣をすんでのところで躱して、魔獣の位置を確認しながら刀を持ち直す。


 大半の魔獣は攻撃的なルドへと意識が向いているが一匹、エリナへと近づいているのを見つける。

 それを見つけたルドは地を蹴り、他の魔獣を気にせず駆け抜ける。


 エリナに近づいた魔獣がこちらに気づいたがもう遅い。

 力いっぱいに踏み込み、刀を振り下ろし魔獣の胴体を横から両断する。両断された魔獣が断末魔を上げるが気にするものは誰もいない。


 力いっぱいに振り下ろした刀を持ち直し振り返ろうとした瞬間、左腕に激痛が走り、口から苦悶くもんの声が漏れ出る。上腕に牙が突き立てられ力が入らない。


「ッ……」


 瞬時に刀を持ち替え脇の間にあった魔獣の額へと刀を突き刺す。魔獣はうめき声を上げ牙が上腕から離れるが激痛は収まらず、傷口から血が溢れている。地面へと落ちた魔獣の額から刀を引き抜いて構える。


 同族を三匹殺されても勢いは衰えず、それどころか援軍が二匹到着して勢いが増した。


 最悪だ。


「魔獣を呼びすぎだ……」


 左腕を潰され、戦況は変わらず劣勢。

 二匹増えたことで勢いが増したのか再び咆哮を上げて迫ってくる。


 利き腕が残っているのは不幸中の幸いだが、増えた魔獣の猛攻はさばききれない。


 魔獣の振りかざす爪をいなし、迫りくる牙をギリギリで躱したが致命傷以外は躱しきれず足は肉が裂け、既に使い物にならない左腕は躱し切れない猛攻を防ぐのに使っていたせいで痛みすら感じなくなっていた。


 一瞬、血を流しすぎたせいか視界が揺らぎ倒れかけるがそれをギリギリで踏ん張り持ちこたえる。


 その隙を逃さず魔獣は一斉に畳みかけ、ルドの体へと牙を立てる。


 魔獣が横腹に噛みつき、太ももに噛みついた。全身が激痛に襲われ、何処が痛いのか判別がつかなくなる。


 立っていられなくなり、地面に手をつく。引きはがそうと牙を立てる魔獣を見ると、目が合いさらに噛む力が強くなる。


「があああああッ‼︎」


 ーー痛い痛い痛い痛い痛い


 痛いという感情に埋め尽くされ思考が回らない。


 視界が明滅し始めたが、刀を持ち直して顔を上げる。

 様子を見ていた残りの魔獣が動き始め迫ってくるのが目に映った。


 身体は動かず、視界は明滅してルドは死を覚悟する。


「魔獣! 来なさい!」


 エリナが叫ぶ。魔獣の動きが止まり、後方のエリナへと視線が集まる。


「エリ……ナ……」


 刹那、緊張が静寂せいじゃくとなり場を包み込む。一秒が永遠にも感じる中、一匹の魔獣がエリナへと一歩を踏み出した。


 瞬間。


「オオ゛オ゛オ゛イ!」


 耳を塞ぎたくなるような怒号が鳴り響いた。

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