偶然

さとすみれ

1話完結

 「ねぇ、プール行かない?」

夏休みに入る一週間前。僕は彼女の侑芽ゆめにつぶらな瞳で言われていた。エアコンが入っているのに、窓を全開にしている教室で。後ろからふわっと生暖かい風が吹く。あぁもう八月なんだなとふと思った。プール……。行きたい。彼女とはまだデートをしたことがないから。がしかし、僕の中で何かがそれを止めていた。

「……聞いてる?」

僕がずっと無言だったからか、侑芽が聞いてくる。

「あ、あぁ聞いてるよ。プールだよな。いつ行こうか」

「えっ行ってくれるの?! じゃあ、夏休み入ってすぐは?」

そのあとは適当に相槌を打ちプールに行く約束をした。僕の心には、相変わらずもやもやと何かが覆っていた。


 「すごい! ねぇ! ウォータースライダーあるよ! えっ! 流れるプールじゃん!」

夏休み三日目。僕は彼女と少し遠出をして隣県にある「レッツ エンジョイ! ウォーターパーク」に来ていた。彼女の喜び方に、侑芽が決めたところだろっ! とツッコミを入れたくなったがやめた。プールサイドには休めるようのビーチチェア二つと飲み物を置けるサイドテーブルがさまざまなところに点在していた。僕たちはその中の一つに荷物とサンダルを置いて水に飛び込んだ。


 一通り、遊具で遊んだあと、お腹がすいた僕達はチェアに戻りフランクフルトを楽しんでいた。美味しそうに焼けてるソーセージの匂いとケチャップの匂い……。そこに混ざるかのように主張をするプールの塩素の匂い……。あぁプールに来てるなと実感した。そのたくさんの匂いが混ざる中に、一瞬嗅いだことのある匂いが混ざった。隣にいる侑芽の匂いではない。ずっと昔に嗅いだような匂い……。僕は片手にフランクフルトを持ったまま周りを見てみた。しかし、近くには女の子のグループがわいわいしながら歩いているだけで、その匂いの正体は分からなかった。


 午後も侑芽に振り回されつつプールを楽しんでいた。変化が起きたのは僕が一人で、流れるプールの人の流れに乗っている時だった。僕は軟体動物のように水の中で足を動かしていた。その時誰かの足を踏んでしまった。咄嗟にその人の方を見て謝ろうと思った。塩素に混ざるさっきも嗅いだ匂い……。僕はすみませんと言うのと同時に顔を上げた。目の前にはどこかで見たことのある顔があった。この顔は……。

「栞?!」

「陸?!」

僕達は同時に叫んでいた。周りにいる人が僕達を何だ? と言う顔で見る。栞は僕が中学生の時に好きになった女の子であり、僕の初恋の人だ。僕から中学二年生の時に告白をして付き合ったものの、中学三年生になって別の高校に行くことが決まり別れた。

「えっ陸くんだよね?」

栞は確かめる様にもう一度聞いてきた。僕は信じられないと思いつつ、うんと答えた。

「あっあのさ、私お昼に椅子に座っている陸くんらしき人見てて……」

と言いながら彼女は僕と侑芽が取った席を指さした。彼女は続ける。

「お、女の子が一緒だったから話しかけちゃいけないかなって……」

あぁ、フランクフルトを食べている時に近くを通ったあの女の子グループの中に栞がいたのか……。昔に嗅いだ匂いは栞のだったんだ……。もっと早く思い出せよ、ばか。いつのまにか僕の胸からモヤモヤとした気持ちは消えていた。僕は頭で考える前に栞に言っていた。

「僕はやっぱ栞のことが好きなんだな」

「えっ?」

栞の顔が一気に赤くなる。目を泳がせ、最後には下を向いた。

「だ、だって、陸くん、あの女の子彼女じゃないの……?」

そりゃ思うよな。プールに男女二人で来るなんてデートしかないもんな……。僕は栞の肩をそっと掴み言った。

「僕なんかモヤモヤしてたんだよ。あいつと付き合ってても栞の時以上に楽しめなくて。今日こうやって偶然会ったじゃん。そしたら心のつっかえと言うか、なんというか、霧が晴れたみたいに心に靄がかかってないんだ」

栞は頭を上げる。必然的に僕と目が合う。

「……私も陸くん超える人いないと思う……」

「もう一度僕と付き合ってくれませんか」

「……はい」


 プールで出会った僕らはそのまま付き合った。侑芽にはそのあとすぐに別れたいと伝えた。泣かれて大変だった。やっぱ、栞が好きだなと思いつつ僕は侑芽を見ていた。栞とは四年経った今も続いている。そして今日僕はついに栞に言う。ポケットの中には四角い箱。彼女はこれをみたらなんて言ってくれるだろうか。

「栞」

「なぁに?」

「僕と結婚してください」

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偶然 さとすみれ @Sato_Sumire

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