第7話 嫉妬心はただの防衛本能なので一気に解決しちゃいます!②

「外でお茶でもしながらお話出来ると嬉しいのだけれど、よろしいかしら? 私とても美味しいお店を知っているの」



 しどろもどろなエイダを見かねて、喫茶店に誘う。エイダの母親があらいいじゃない!と後押ししてくれたのもありエイダは断れず首を縦に振ってくれた。

 完全に勢いの無くなったエイダの手を取り外へ連れ出す。

 お気に入りのスコーンを出してくれるお店の前まで来ると、エイダの顔が赤い。



「あら、エイダちゃん? もしかして身体の具合が悪かったかしら。そういえばご挨拶したときもお顔が赤かったわ。お熱でもある?」



 妹にそうするように額に手を当てて熱を測ろうとすると、その手は勢いよくパシッとはたかれてしまった。

 確かに、あまりお話したことがないのにこれはちょっと馴れ馴れしすぎた。ごめんなさい。



「だ、大丈夫です。あの、私に何のご用ですか?」


「少しお話をしたくて。ここのスコーンはとても美味しいのよ。一緒にお茶でもいかがかしら。それとも別のお店がよろしかったかしら?」


「いえ、私もここのお店のスコーンは好きです。ですが……」


「もちろん私が誘ったのですからご馳走します。お義父とう様のお手伝いをしているので少しはお小遣いをいただいているのよ」



 ウインクをすると、エイダの表情が何だか複雑なものに変わったように見える。

 まさかこれもちょっと馴れ馴れしかったかな? まあ、いいか!

 もう一度エイダの手を取り、誰も居ないテラス席に陣取るとメニューを見ながらあれが好き? これが好き? などと好みを聞きながら注文をする。

 注文したメニューが届き、ひとくちいただいて本題に入る。



「私の義妹いもうとのエラのことだけれど」



 またエイダがビクっと肩を震わせ、口に入れようとしたスコーンの切れ端が添えられていたクリームの上にぽたっと落ちた。



「エラ……さんのことですか?」



 絞り出すような声で返事をしてくるエイダが何だかちょっと気の毒に見えたので、詮索するのはやめてはっきりと言うことにした。



「ええ。エラが最近少し嫌がらせを受けているようなの。エラに聞いても何もお話をしてくれないの。エイダちゃんは、私が何を言いたいのかもう分かるわよね?」



 小さく頷いて、エイダはうつむくと絞るような声でごめんなさいと言った。

 理由は嫉妬だろうけれど、原因は本当にエラの態度なのだろうか。

 優しく話をするよう促すと、ぽつりぽつりとエイダが話をしてくる。



「私、あんなに綺麗でお勉強も出来る子だから最初はとても仲良くしたかったの。

 けれどいつも話しかけても自信なさげにうつむいて答えていただけないし、素敵な姉妹が……その。ドリゼラ様と姉妹なのが羨ましいと思っていたらどんどん腹が立ってきてしまって」



 そうでしょう、そうでしょう! エラはとっても慎ましくて美しい子なのよ!

 うんうんと頷いて最後に疑問符が浮かぶ。

 え? 私と姉妹なのが羨ましい?



「ちょっとまって、私と姉妹なのが羨ましい? どうしてそう思うの?」



 思わず立ち上がり梨蘭もとの口調で前のめりになってしまった。

 顔を近づけすぎたのか、エイダは少し顔を赤らめている。



「あ、近いですわよね……失礼しました」



 よそ行きの言葉遣いに修正して椅子に座ると、続けるように促す。



「私、ドリゼラ様をとてもお慕いしております」


「へ!?」



 予想外の言葉にまた梨蘭もとの口調に戻り、更に思わず食べようと手に持ったスコーンを皿の上に落してしまった。

 何を言っているの、この娘は。



「どうしてこんな気持ちになるのか分かりませんが、エラがドリゼラ様に大切にされている姿を見るとモヤモヤしてしまって。この感情を止めることができないんです。私、変なのでしょうか」



 まとめると。

 エラと友達になりたかったのにお話をしてもらえなかったうえに、私と姉妹なのが羨ましいから嫉妬したということだ。

 エラがいじめられる原因のひとつに私が入っていることに軽いショックを受けたけど、ここは私も大人として懐の深いところを見せないとね!



「その気持ちは嫉妬と言うの」


「嫉妬?」


「そう、嫉妬。でもご安心ください。嫉妬と言うのは誰でも持っている感情ですわ。例えば誰かが自分より優れていたり、良いものを持っていたりすると羨ましいと思うでしょう? その感情が深くなって爆発したものが嫉妬なのですわ。この感情は自分を守るための行動の一つとも言われていますの」


「自分を守る、……ため?」


「そう。本来嫉妬は大切な人や物、場所を守りたいと思う感情から来るものなのです。あとはそう、過去のトラウマ……嫌なことを思い出して繰り返したくないという気持ちから来るものもありますわ。すべての感情は一概にひとくくりに出来ないものですから、何にでも当てはまるわけではないですけれど」


「私、自分を守ろうとしていたの?」


「そうね。エラに居場所を奪われるんじゃないかと感じたことはありません?」



 そう言うと、エイダは小さく頷いた。自分が今まで中心となっていた教室での立場を取られるような気持ちになったことがあると。

 やっぱり防衛本能が働いたのね、と納得する。

 嫉妬の原因を聞いてしっかり向き合い感情を変えることで、嫉妬の気持ちを違う気持ちに変えることが出来るとどこかで見たのよね。



「では、エイダちゃんはエラと仲良くできればこの感情が消えると思えるかしら?」



 その問いには首がブンブンと音を立てるんじゃないかと思うくらい横に振られる。

 どうしてそう思うのか問うと、やっぱりもう一つの問題が立ちはだかった。



「私、ドリゼラ様をお慕いしています。ですから、この気持ちが消えるとは思えません」



 ぐう。聞かなかったことにしたかったけど、やっぱりこれは……重症だわ。

 それより、なんで私に憧れるのかしら?顔は良い方と言ってもやっぱり十人並みだし、どう見てもエラやアナスタシアと並ぶと見劣るんだけれど。

 ここはド直球ストレート勝負で再度挑んでみる。



「聞いていいかしら? 私のどこが良いと思われているの?」



 エイダは質問の意味が分からないというほどぽかんとしていたが、急に照れ始める。

 この少女は何を勘違いしているんだろう?かわいい子に好きと言われるのは嬉しいけれど、嫉妬の対象でエラがいじめられるのは困る。



「その、お顔もですが・……振る舞いやお優しいところ、そしてお強いところですわ」



 頬を染めながらそんなことを言われても、返答に困る。

 確かに優しくは接しているけれど、それは全部自分の足切り&目ん玉くりぬきバッドエンドを回避するための行動だし。強いと言っても何かしたかな?



「私が強い、ですか?」


「はい。編入当初、私を危機から救ってくださいました」



 危機から救った?私何かしたっけ?

 記憶を探るが何も思い浮ばない。はてなマーク全開の顔でエイダを見ると、エイダは口にするのもおぞましいとばかりに両肩を抱いて正解を教えてくれる。



「まだ皆さんがマナー講習を受けているとき、校庭ランチが恒例でした。そのランチの時に私が虫に襲われているところを助けていただきました。本当に勇敢なお姿で///」



 なぜか後半からエイダは頬を染めて顔に両手を当て、いやいやと言うように顔を左右に振っている。

 そういえば、ランチの時に木の上から蜘蛛が落ちてきて騒ぎになった記憶がある。

 その時、私は妹たちを守るために蜘蛛を撃退したんだっけ。女の子たちがやたら騒ぐから側にあった鞄に乗せて別の木に移動させた記憶がある。その時、妹たちとランチを一緒にしていたのがエイダだったのだ。



「そ、そう。ありがとう」



 また梨蘭もとの口調になっているが気にしないで半眼のままスコーンを口いっぱいに頬張る。

 それを見て、またエイダがワイルドで素敵と口走りながらぽやーっとしている。

 さてどうしよう?

 私に本気で惚れているのか、それとも憧れを拗らせたものかが分からない。

 分からないものはゆっくり考えるとして、まずはエラだ。



「エイダちゃん。私からお願いなのだけれど聞いていただけるかしら?」


「はい、ドリゼラ様。何でしょう?」


「お願いを聞いてくださるのね、ありがとう。

 エラは人見知りが激しい子で、心を開くのに少し時間がかかるの。あなた達への無礼は姉の私が代わりに謝ります。ごめんなさい。

 エラがみんなに心を開くまで、根気よく付き合って仲良くしてもらえないかしら」


「分かりました。私たちも勘違いをして酷いことをしてしまいました。今すぐにでもエラに謝りたいですわ」


「そうしてくれるときっとエラも喜ぶわ。よろしくね。それから、私への気持ちはとても嬉しいけれど、今はエラもアナスタシアもまだ小さくて私は二人の面倒を見るので手いっぱいなの。

 恋愛は今は良く分からないし、大人になるまでこの話は保留にしてくれるかしら?」



 私がそう言うと、エイダは小さく頷くと少し悲しそうな顔をした。

 執着対象を諦めさせるのは、嫉妬心を薄れさせるために思考をそらすという点で有効ではあるけれど、本当はもっと周囲の人間が寄り添ってあげなくてはいけない。

 エイダにその環境があるかと言えば、家は忙しそうだし少し物足りないようにも感じる。

 流石に美少女に悲しい顔をさせるのは忍びないので、ひとつ提案をすることにした。



「そうね。エイダちゃんが良ければ、エラやアナスタシアと一緒に定期的なお勉強会でもしましょう。お勉強を頑張って上級クラスに上がれば、私と同級生だから同じクラスで一緒にお勉強できるしお話する機会も多くなるかもしれないわ」



 私と定期的に接点を持つことで特別感を満足度に変えて、少しだけでも欲求を満たしてあげれば「妹たちが独占している」という嫉妬の気持ちは少しは落ち着くだろう。

 一緒に居て私がそんなにカッコよくないと分かれば、夢から醒めるかもしれないしね。

 我ながら良い提案だと思うのだけど、どうだろう?

 エイダを見ると嬉しそうにしているのでとりあえずは成功、なのかな?



「ひとつドリゼラ様にお願いがございますの」


「? 何でしょう?」


「あのっ、私もお姉さまと呼ばせてくださいませんか?」


「え? あ、へ? う……うん?」



 曖昧な返事をして美味しいはずなのに何だか味のしないスコーンを食べ終わると、私は名残惜しそうなエイダと別れて店を後にした。

 エラのいじめの件はひとまず解決したけれど、私の心は複雑なままだった。


 多分、きっと憧れの方よね?本気の恋愛感情だったら私どうしたらいいの?

 今はエラといずれフラグが立つ王子様の恋愛をどう上手く演出するかで手いっぱいなのよ。

 このままだとお話のストーリー通りに進まないから、エラは魔法使いにカボチャの馬車もガラスの靴も貰えないのよね。

 私がどうにか頑張って二人をくっつけなきゃハッピーエンドにならない気がする。

 まだ5年以上は時間があるとはいえ、いい方法を早く見つけなきゃいけないのよ!

 お義父とう様が事故に遭わないかも気が気でないのに。

 考えてるだけで、はげそう。



 ああ、フェアリーゴッドマザー! 私のこの選択、間違っていませんよね?

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