学校一の美少女に弱みを握られたら、なぜか偽の恋人になりました

コウヘイ

1章 きっと少年は運命に出会った

第1話  今夜も夜があっという間にふけていく

 その1シェイカーに氷を山盛り入れる。


 ここは少ししゃれたバーEvangeliste。フランス語で伝道師という意味らしい。白を基調としている店内は高級感が漂っている。カウンター席のほかにもソファー付きテーブルがあって、二人以上でも行きやすいのも特徴だ。

 そんな店だから客はかなり女性率が高い。それでも固定層がいるためそれなりに繁盛している。

 

 俺はそんなバーで働いている。

 

 その2その中にジン、ライムジュース、シロップを入れて、シェイカーに蓋をする。


  今オーダーが入ってカクテルを作っている。この店で働き始めて早一年。カクテルを作ることをマスターに認めてもらいこうやって人前で作れるようになった。

 

 失敗しないために、一個一個の手順を確認しながら慎重に。

 

 その3ストロークを効かせてシェイカーを振る。


 目の前のカウンターに座っている一人客数人は、その動作を見入っている。

 やはり誰がしても、シェイカーを振るという動作は映えるものなのだろう。

 

 その4あらかじめ冷やしておいたカクテルグラスに、シェイカーの中身を注ぐ。


 「お待たせしました。ギムレットでございます。」


 目の前の女性にそう言ってグラスを差し出す。

 

 すると、女性は無言でグラスを受け取ると、口をつける。


 この女性は圭子さんといって、二週に一回のペースでこうして来店される。なんでもどこかの美容系の会社の敏腕社長らしい。多分相当お金持ちだ。そして美容系の社長というだけあってかなり美人だ。美容系の社長だからというのは偏見かもしれないけど…


 「だいぶおいしくなったじゃない」


 圭子さんが少し笑みを浮かべながら話しかけてくる。


 ここのバーに来る一人客は大体二種類の人種に分かれる。一人でおしゃれな雰囲気でお酒を堪能したい人か、話し相手が欲しい人。


 圭子さんは確実に後者だ。だって来るたびにちょっかいかけられるし。


 「ありがとうございます」


 圭子さんにはいつも辛口目の評価をされるため今日は珍しいなと思いつつ素直に感謝しておく。お辞儀は15度を意識する。

 

 「まあ、マスターのほうがおいしいけどね」


 「…それはまあ」


 そういいながらマスターのほうに目を向ける。


 普通マスターというと少しひげが生えている男前の人を想像するがうちのマスターは違う。

 

 身長は160ちょっと。そしてかなりの童顔。多分40は超えているが、どう考えてもそうは見えない。20代前半、いや下手したら10代で通りそうだ。

 

 そしてめちゃくちゃ美少年。パッチリとした目に、よく通った鼻筋、若干丸顔だが太っている印象は全くなく、むしろ大きい目と合わせて柔らかな印象を与える。きわめつけは笑顔。子供のように計算のない無邪気な笑顔を見せ、女性たちを魅了する。


 もちろんマスターに必要な能力もきちんと持っていて、話をするのがうまいし、なにより聞き上手だ。お酒も天下一品らしく、客から好評である。飲んだことないから知らないけど。


 まあでも普段からいいお酒を飲んでいるだろう圭子さんが、マスターは手放しでほめるのだからきっと本当においしいのだろう


 今はテーブル席の女性のお客さんに呼ばれてお酒片手に接待している。あれは完全に虜になってるな。ここはボーイズバーかな?違った気はするんだが…


 圭子さんのほうに視線を戻すと、いつもより飲むペースが速い。上品に少しずつ飲む人だが今日はすでに半分ほどグラスから消えている。


 ―――これは確定だろう。


 「…なにかありました?」


 そう確信をもって話しかける。


 今日彼女が頼んだギムレットは、度数が少し高めのお酒だ。しかも別のそこそこ強いお酒を飲んでいる。いつも頼むのはフルーツカクテルとかそんなに高くないやつ。今日は酔いたい気分なのだろう。


 放っておいてもよかったが、わざわざこんなバーに来るくらいだ。きっと話したい気分なのだろう。


 圭子さんは少しだけ驚いたような顔をしたかと思うと、すぐにいつもの少しからかうような笑みを浮かべた顔に戻る。


 「社会人になればいろいろあるもんよ。大学生」


 「なら今を楽しむことにしますよ」


 そういうと圭子さんはグラスのお酒を少しだけ飲んでから、テーブルに置いた。


 グラスをテーブルに置いた音が始まりの合図だ。


 「なんかあったっていうほどではないんだけどね」


 そう冗談めかして話し出す。


 「今の取引先から、来月から入荷数少し減らしますって言われちゃった」


 きっと少しではないのだろう。でもそんな野暮なことは言わない。代わりに別の言葉を返す。


 「何か問題でも起こしたんですか?」


 「全然。むしろそっちのほうが楽かもね。」


 そういうと、圭子さんはグラスに少し口をつける。


 「単純にライバル会社が新商品を開発してね。それがなかなかね」


 新商品はちょっとやそっとでできるものではない。そんなことは素人の俺でもわかる。

 それなりのお金をかけ、新しい組み合わせを試して、コスト面を調整して、それでもだめでの繰り返し。

 

 きっとみんな頑張っていることがわかっているからなおさら悩んでいるのだろう。その責任の重さに。


 でもここで何か助言したりはしない。それは求められていることではないから。……というか美容系とかわからないし。


 「大人は大変ですね。」


 「そうよ。今のうちに楽しんでおきなさい」


 圭子さんはまたいつもの笑みに戻ると、グラスのお酒を飲む。

 

 こういうときは話題転換だ。


 ……うーん、何もいい話題が思いつかん。


 もともと話し上手なほうではないからしょうがないネ。といってだますわけにはいかない。まあ商売だしね。


 ふと恵子さんの姿が目に入る。物憂げに座っているその姿はすごく美しく見えた。


 「圭子さんって、モテそうですよね。」


 気づいたら口にしていた。


 「…なに。口説いてんの?」


 「違いますよ」


 それくらいわかるだろ。営業中に口説いたら明日からこの店にいられなくなる。


 ……いや、そうでもないか。マスターとか年がら年中口説いてるようなもんだし。本人にその気がなくても、魔性の笑みは確実に女性客の心をむしばんでいる。


 「お姉さんを口説こうなんて100年早いぞ。若造」


 「だから違いますって」


 ていうか、若造ってなんだよ。こりゃかなり酔ってんな。


 「俊君こそどうなの?」


 俺は常連さんから俊君と呼ばれている。本名荻野俊介から、もじって俊君。…ボーイズバーかなここは。(二回目)


 実際はマスターが最初に呼び始めて、あまりにそう呼ぶもんだから定着しただけだけどね。ここは普通のバーだ。証明終了(?)。


 「全然そんなことはありませんよ」

 

 これは事実だ。だって学校には彼女どころか友達もいないし。


 …あれ、目から熱いものが。まあ覚悟してたからしょうがないんだけどね。


 「私だったら放っておかないのに」


 「そんなことはありませんよ」


 きっと彼女にはバーのおしゃれな雰囲気と、制服である襟付きベストが相まってかっこよく見えるだけだ。


 でもこんな美人に褒められるのは素直にうれしい。


 「俊君は学校ではどんな感じなの?」


 「どんな感じって聞かれても……。普通(にボッチ)ですよ。」


 嘘はついてない。さすがにボッチと自分から言いたくはないだけだ。


 ……ホントだよ。見栄張りたいとかそんな気持ち…


 …すみませんありました。


 「すみませーん」


 ちょうどいいタイミングでオーダーが入る。これ以上いるとボッチがばれるとこだったぜ。(冷や汗)


 「オーダーは入ったんで行きますね」


 「なんか逃げられた感じがする」


 少し不満げな顔でそうつぶやく。


 「口説いてんですか?」


 「もしそうだって言ったら」


 「…将来のヒモ計画について話してあげますよ」


 …あぶねー。焦って何も返せないところだった。


 ナイス、俺の口。


 でも圭子さんは満足げだ。表情には出してないはずなんだけど…


 「じゃあついでにオーダーいい?」


 「かまいませんよ」


 「フルーツカクテル。ついでになにか合うおつまみも。」


 「かしこまりました。それと…」


 そう言うと、なるべく耳元に顔を近づけ俺は小声でボソッとつぶやく。


 「…圭子さんくらい可愛ければ、どんな男もイチコロですよ」


 なんか少し悔しいからからかい返す。それも精いっぱいの笑顔で。そして急いでオーダーを取りに行った。


 その時の圭子さんの顔は、いつもの酔ってる顔より少し赤いように見えた。


 ちなみに、次に注文の料理をもっていったとき、


 「…このタラシめ」


 といわれ、やり返しの質問攻めにあったことは言うまでもない。


 でもそんな彼女の楽しそうな顔を見て、きっと今ある問題も彼女は悩みながら解決してしまうのだろうと感じた。


 今日も夜はあっという間に過ぎていく。

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