虹色夢交流記
アホマン
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目醒めると見渡す限りの青より紺に近い水の中にいた。
夜の初め頃ならまだ浅瀬かもしれない。光の届かない深度なら水面まで息が持たない。
日夜を問わず濃密な生存競争と命の循環を繰り返す密林。
人里を囲うように切り立ち信仰の対象ともなる山々。
画面越しに見るその絶景は見るぶんには美しく溜め息を漏らすものでも、生身で放り込まれれば死が待っている。
余りにも唐突な事態。少女は残量が知れない肺の酸素を逃さぬように瞬時に口を閉じ、水面を目指して藻掻いた。
水圧が影響しているのか、手足の動きは鈍重。頭はずっと力強く素早くと司令を発しているのだが、
命の危機を前にして何を考えているんだと。自問に後悔が体をより重くする。死に近づく現実への逃避行動か?走馬灯ではなく?
不意に口の中へ入ってきた水を飲み込んでしまった。
引き換えに貴重な酸素が鼻から抜けて目の前を点々と小さな気泡となって昇っていく。
捕まえんと手を伸ばしてもするりと手の平をそって逃げていく。
こんな時でもどうして私は……。溺れる少女は情けなくて涙が滲んできた。
「これって……水じゃない」
大きく口一杯飲み込んだのに、喉を潤さないで腹の底まで素通りしていく。
寧ろ、湿気のない空気で飲み込むと渇きが進む。
目をぱちくりと瞬いて恐る恐る口を開けても水が入ってくる感覚はいつまでも起きない。
そもそも、目に水が染みない。
光景からして起こるはずの影響との矛盾に混乱した。
「呼吸できる……」
藻掻くためにピンと伸ばしてすっかり痛く強張ってしまった両手を顔の前に持ってきてグッとパー。
泳いでいる。は正しくない。
正確に形容するなら、上等な布団に使われる羽毛のように軽やかにふんわりと、刻々と紺から黒に変化する水中。未だ見えない底に向かって砂時計のようにゆっくり確実に落ちていく。
光が完全に届かぬ漆黒へ。
もしかしなくてもこれは夢だと
死からの生還を果たして心臓の鼓動が耳元から鎮まっていき、全身に掻いた汗と筋肉のちくりと刺す痛みと熱を帯びる疲労感が生を実感させる。確かに生きている。
重力に身を任せ仰向けで降りてゆく。
あるのは静寂だけ。瞼を閉じ思考を空にして眠りに落ちる直前の世界にぽつり。
暖かく眩い光が下から上へ向かっていく。
大の字で受け止めて、一切の影がない世界を通り過ぎて、視界は再び漆黒に。
少し顔をあげると足先に真っ赤な景色が視界に徐々に広がる。
同時に両横からは黒曜石の壁。ただこの壁、遥か水平線に見えるだけ。
そして、若い猫の毛並みのように柔らかく緻密で塵ひとつ落ちていない光沢のある真っ赤な絨毯へ降り立った。
少女はぼんやりと、テレビの中でしか見たことがない高級ホテルのロビーのようだと思った。
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