鳥と私

 日常生活の中で何気なく見かける鳥ですが、日本文学において鳥は自然界の美しい景物を象徴する花鳥風月の一面として古来から親しまれ、『万葉集』の中でも季節を知らせる鳥として多くの和歌が詠まれています。また、科学が発達した現代では文化的な側面だけでなく、科学的な側面からも、地球の生態系において、害虫駆除や植物の受粉、種子の拡散など、鳥は植物と草食動物、捕食動物と獲物の間の微妙なバランスを維持する重要な役割を果たしている雑食動物と考えられています。鳥の生態について鳥類学の視点からの研究も多く発表されている昨今ですが、私にとっても鳥がぐっと身近になったささやかなエピソードがあります。


 私がまだ小学生だった頃のことですが、その当時住んでいた家の庭で白い文鳥がじっとしているのを見つけたことがありました。翼が傷ついているのか飛ばないので、心配した母が急いで鳥籠を買ってきてくれて、その中に入れて元気になるまでお世話することになりました。餌を与えて、様子を見ていると、鳥籠の中でチュンチュンとよく鳴いて、とてもかわいらしい文鳥でした。翌日は日曜日で学校が休みで、朝になると鳥籠の中で鳴いていた文鳥の声が家中に響いていて目が覚めました。こんなによく鳴くならきっとすぐ元気になるね、と言っていたのですが、その翌日、学校から帰ってきたら、文鳥は鳥籠の中で硬くなって死んでいました。昨日までよく鳴いていたのにね、と悲しい気持ちになりながら、母と妹と一緒に庭の土の中に埋めてお墓にしました。鳥籠が空っぽになって家の中もしーんと静まり返って寂しくなった私と妹はふたりで相談して、文鳥を飼いたいと母にお願いしました。鳥籠を買ったばかりだし、雛から育ててみる?と母から言われ、きちんとお世話するという約束でペットショップに行って、ケージの中で一斉に大きな口を開けて鳴いているたくさんの文鳥の雛の中から一羽の雛を選んで買ってもらって「ピイコ」と名付けて飼育することになりました。


 ペットショップの店員さんに育て方を教えてもらって、はじめの一ヶ月は毎日、粟にお湯を入れてふやかし柔らかくして体温ぐらいまで冷ました餌を作って、スポイトで掬い、ピイコをそっと手のひらに乗せてピーピーと鳴きながら大きく開けた口にスポイトで掬った餌を入れてあげました。雛の首元には透明な袋状の器官があって、餌が入っていくのが見えるので、そこがいっぱいになるまであげました。朝、晩は必ず餌をあげましたが、学校に行っている間の分は母があげていてくれました。ピイコの羽が灰色の桜文鳥の成鳥になるまで餌遣りを続け、できるだけ優しく大事に育てたせいか、ピイコは家族のみんなになつき、かわいらしい手乗り文鳥になりました。成鳥になってからは成鳥用の餌を手のひらに乗せてつつかせたりしながら、だんだんと餌入れの容器から自力で餌をつついて食べるようになりました。それからは毎日庭で飛ぶ練習をさせたり、肩の上に乗せて近所を散歩したり、とても可愛がっていたのですが、ある日、家族で泊まりがけの旅行に出かけた時にずっと家の中の鳥籠の中で閉じこもっていたのがストレスだったのか、私たち家族が家に帰って鳥籠の中を見ると、外に出して欲しいと催促するように激しくバタバタとしていたので、急いで外に出してあげたら、喜んでいつもよりずっと高く遠くに飛んで、あっという間にわからなくなってしまって、いつものように戻ってくることなく、どこかへ飛んで行ってしまいました。それまでは庭で遊ばせても必ず戻ってきましたし、肩に乗せて散歩するほどなついていたので、私たちも油断していたせいもあると思います。あんなに仲良くしていたんだから戻ってくるはずだと思ってましたが、戻ってきませんでした。近所の友人達も一緒になって手分けして探し回りましたが、探しても探しても見つからず、とてもショックでした。もしかしたら、蛇に飲まれたんじゃないかと噂する人もいたりして、悲しかったです。母が小鳥は空で飛んでいるのが自然だし、ピイコも大きくなったから巣立ったのよと慰めてくれました。その後再び小鳥を飼うことはありませんでしたが、鳥がとても好きになった私は悲しかったり落ち込んだ時など外で鳥を見かけるだけで、なんだか元気づけられるような気持ちになりました。


 そんな昔の思い出もあるせいか、今でも私はシャッターチャンスを狙って野鳥の写真を撮影したり、詩歌で鳥を詠んだりしています。野鳥は外で見かけても知らんふりですし、ピイコのように手のひらや肩に乗せたりすることはできませんが、それでも写真の中に自然な姿を捉えたり、詩歌の中で詠めるとふわっと嬉しくなります。


青葉茂り

どこからか舞い降りた

尾長

枝葉飛び渡り

かくれんぼ


五行歌集『詩的空間—果てなき思いの源泉』〜緑の万華鏡より抜粋



 

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