第86話 俺の出した答え





 今俺は、怪人側に指定された場所で、一人待っていた。


 呼び出された場所は、イケメンジャーの基地からそこまで離れていないビルの屋上だ。

 空にはヘリコプターが飛んでいて、たぶん実況中継をしている。

 これから起こることを知らなくても、ただならぬ事態というのは察しているのだろう。

 危険があるかもしれないのに、情報を伝えたいという意欲は凄い。

 とにかく邪魔をしなければ、気にすることではない。


 目線でヘリを追いかけていると、雲ひとつ無い澄み渡った空だと気がつく。

 一応天気がいい日を選んだのだろうが、絶好の日和である。

 全てが上手くいきそうだと、そんな妙な自信にあふれる。



「早いな」



 俺とフェンスと給水塔しか無い場所だから、誰かが来ればすぐに気がつく。

 そちらに視線を向けずに声をかければ、足音が近づいてくる。



「そっちこそ、時間よりも随分と早いんじゃないか」



 すぐ傍まで来ると、前ではなく隣に立たれる。



「今、一人か?」


「どうせ見ているんだろう。俺一人だ」


「そうだ。調べたから知っている」


「それなら、わざわざ聞くな」


「少し世間話をするぐらい、いいだろう」


「時間の無駄だ」


「手厳しい」



 喉の奥でも笑う声が聞こえてくる。

 俺は息を吐くと、斜め上を見た。



「さっさと本題に入ろう。あの書状に書かれていたことは本当か」


「直球だな。ゆっくり話す時間も惜しいのか」


「ああ」



 あの書状が本当か嘘か、どちらかによって俺の行動は決まる。

 それを確認しておきたかった。

 無表情の仮面の下には何が隠れているのか。

 見ても読み取れない。



「書状をわざわざ出したんだ。口約束とは違う。本当に決まっている。そんな馬鹿なことをするはずがない」


「そうか、それならいい」



 嘘をついている様子はないから、内容は守られるといって信じていい。



「それで、書状の条件を飲むということでいいのか」



 言葉と共にそっと手が伸びてきて、体を引き寄せられそうになる。

 その手を叩き落とし、俺はまっすぐ顔を見た。



「……話をするか」


「ついさっき、時間の無駄だと言ったばかりじゃないか。もう忘れたのか?」


「話をしたいんだろう。今は二人しかいないんだ、人がいると出来ない話をしよう」



 態度悪く接しているのは、わざとだ。

 相手のペースにされないために、感情を乱そうとしている。

 作戦が上手くいって手応えは今のところないけど、まあそう焦らなくていい。



「分かった。それで、どんな話をするつもりだ」


「色々と答え合わせしたいことがあってな」


「答え合わせ?」



 眉を吊り上げて、俺の様子を窺っている。

 俺が何を言おうとしているのか、警戒しているのだろう。



「俺はずっと不思議に思っていた。何かがおかしいって」



 違和感がどんどん大きくなって、その違和感の正体を探っているうちに気がついた。



「全てが予定調和のようで……誰かの手のひらの上で転がされているみたいだった」



 話を聞くことにしたのか、相づちすらも打ってこない。

 ただじっと顔を見つめて、俺の言葉を待っている。



「……リリ、シロ、カイ……」



 俺の周りにいたり、現れたり、俺が孤独になるように仕向けられているみたいだった。



「どこからどこまでが筋書き通りなんだ? 教えてくれよ。俺を孤独にして何が楽しいんだ?」



 確証は無い。

 でも将軍の仕業だという、根拠の無い自信があった。



「リリが目覚めない理由はなんだ? シロはなんで急にいなくなった? カイの正体は?」



 この疑問の答えは、全て将軍が持っている。

 絶対に答えを聞くまでは離さないと、服の裾を強く握りしめた。



「それを聞いてどうするつもりだ?」


「どうするって……」


「全てを話して許しをこえば、お前は俺のものになってくれるのか?」



 ずっと、その顔は無表情だと思っていた。

 でも違う。

 目がうるさいぐらいに訴えてきている。

 飢え、渇き、孤独……ずっと見ていたら飲み込まれてしまいそうだった。


 伸びてきた手を、今度は振り払うことが出来なかった。



「お前を孤独にすれば、頼れるのは俺しかいなくなる。俺だけしか見ないで、俺の存在に 執着して一緒にいることが出来れば、どんなに幸せかと思う」



 スリスリと頬を撫でられ、あごを持ち上げられる。



「全てお前を手に入れるためにやった。狂おしいほど好きで好きでたまらなくて、もう自分でも止められない。地球なんて、俺にとってはどうでもいい。お前がいなければ、何も感じないんだ」



 どこまでも真っ直ぐな気持ちだ。

 ここまで想われているのは、状況が違かったら光栄だと言えたかもしれない。



「お前が欲しい。むしろお前しかいらない。先ほど、ここに来た時にお前の姿を見つけて、どれほどの歓喜を感じたか分からないのだろうな」



 ぽたぽたと頬に雫が流れていく。

 俺の涙じゃない。

 将軍は自分で気づいていないかもしれないが、ずっと涙を流していた。



「俺は……」



 ここに来た時から、いや来る前から答えは決まっていた。

 どんなにみんなに反対されようと、変える気はなかった。


 将軍と目を合わせ、俺はその答えをはっきりと口にする。



「俺は、一緒に行く気は無い」







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