奈落の旅
「おれはおろかだ、くずだ、どうしようもない、しんだほうがいい、ころしてくれ、いますぐにしぬ」
黎明は養父に抱きしめられたまま、自分の愚行を思い出しては泣き言を吐いた。
「う、げほっ」
「ほらほら、何もしなくても死ぬよ。もう死ぬんだからただでさえ短い寿命を無駄に使わないの」
咳と共に吐き出した血の塊を雑に拭うのは黎明が魔法で創り出した養父だ。自分で創り出した存在が自分の魔法で消えたことに絶望して世界を滅亡させようとした現状を黎明は到底受け入れられない。
「ほら、時間もないしなんか楽しい話でもしよう。俺に話したいこととかないのか?」
「話したいこと、はたくさんある」
受け入れられないが養父がそう言って温かな手で頭を撫でるので、黎明の口はスルスルと開いた。口から出るのは約十数年分の養父に伝えたかったことだ。
例えばあの日のケーキは美味しくなかったこと、呪いのために集める虫は気持ち悪くて慣れないこと、人を初めて殺した時の嫌な感触が今も忘れられないこと、白い魔法使いに惨めに負けて悔しい気持ち、そして、なんでいなくなってしまったのかという恨み言。順番も何もかも無視して言いたいことを言えるだけ言った。言い切った頃には胸のつかえが取れてスッキリとした気持ちだった。
養父はそれを頷きながら聞いていた。一度も否定しなかった。そして時折黎明の頭を撫でる。それは黎明が心から待ち望んだ温かさだった。
「それで、それ、で…」
「…黎明、いい子だ。もういいよ」
穏やかな時間はあっという間に過ぎて、黎明は終わりが近付いていることを悟った。養父もそれに気付いたのか黎明の口を優しく止めた。もう、考える気力も話す元気もない。
養父と話をするために残った絞りカスのような魔力を使ってなんとか命を繋いでいたが、その小細工もとうとう効果が切れるらしい。
だけど最後に養父に伝えなければ。これだけは伝えなければ。せっかくまた会えたのだから。
「お、やじ」
「なんだ?」
「おれは、くるしんでくるしんでしぬべきで、きっとじごくどころかならくいきでこんなのいけないのはわかってる、わかってるんだけど…」
黎明は微笑んだ。
「…おれ、しあわせだ」
彼の愛し子はそう言って黙り込んでしまった。腕に抱いた小さな身体は少しずつ熱を無くしていく。徐々に呼吸が浅くなり、途切れていくのを感じながら、彼は最後に黎明の体を強く強く抱きしめた。
「ああ、俺もだよ」
黎明がすっかり動かなくなった頃、ようやく彼は黎明の体を離した。その拍子にクシャリと何かが潰れるような音が黎明の服から聞こえて彼は音の出処を探る。黒いコートのポケットからはぐしゃぐしゃになったハイライトが1箱。その中に残る煙草はたった1本。加えて自分が昔使っていた100円ライターがひとつ。その煙草は確かにあの日、子供がおもちゃがわりに遊んでいたお供え物だった。
「…ああ、これが触媒だったのか」
彼は悟る。自分が消えなかったのは黎明からの執着とも言える強い思いと、この触媒のおかげなのだと。
「…これを、ずっと持っててくれたのか。こんなになっても」
胸が痛い。愛しさと切なさでいっぱいになる。
彼は100円ライターと煙草を拝借して火をつけた。ふわりと紫煙が闇を舞う。ぢりぢりとした光が辺りをぼんやりと明るくする。
黎明の頭を抱え込むように撫でながら、彼も自分の終わりを悟っていた。彼を縛っていた魔法は無い。触媒ももう尽きる。彼はもうこの世にいることが出来ない。あるべき場所に還るのだ。
「…お前は自分のことを奈落行きだって言ったけど、それなら俺も同じだ。二人とも罪深い魂だ。親子揃って仲良く奈落の旅に行くことになるな」
煙草が燃え尽きる。
「ああ、今度はずっと一緒にいれる」
その声を最後に辺りは静かになった。
もう、そこに生きている人間は誰もいなかった。
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