第33話。絶望。

 時を同じくして、王国中央軍総司令部総司令室。


「ヴァイヘルム卿、第九二二連隊より緊急救援信号であります!緊急レベル最高だそうです!」


突如、最前線から送られてきた緊急信号に誰もが何かの手違いだと思っていた。

通信員が、何かの誤報なのか、という旨の文を送り返した所、暗号化されず、更には誤字だらけの返信があった。それ以降、第九二二連隊が管理している区画からの通信が一切なくなり、左官級が会議し将官級へ、将官級が決議しようやく総司令であるドナート・ヴァイヘルム卿の元まで情報が届いたのである。


「内容は」


ノックや確認無しで情報武官が総司令室へ飛び込んできたのだ、緊急事態以外のありえない。


「帝国軍からの反撃作戦のようであります。連隊では対処不能なため、増援部隊と即時撤退許可が要請されました」

「即時撤退だと。何かの間違いか、あるいは九二二連隊を管理しているのは軍大学上がりの若造だったりすのかね」


長年に渡って軍を指揮してきたヴァイヘルムですら、情報武官を疑った。

それだけでも最高レベルの緊急救援信号がどれほどの異常事態であるかを顕著にしている。


「開戦当初から前線で奮闘している連隊です。消耗率が許容範囲限界であるため後方待機させていました所、警戒任務についていた第三五八小隊からの救援要請で出向いた、という所までしか現在把握できておりません。ですが、状況を鑑みて帝国軍と戦闘になっている可能性が高いとのことです」


なるほど、とヴァイヘルムが少しずつだが状況を理解し始める。

小隊とはいえ最前線を警戒している部隊だ、練度は信用に値するだろう。その小隊から歴戦の連隊へ支援要請がいき、今では連隊からの支援要請が中央軍にきている。恐らくだが方面軍では対処不能な敵軍、となると帝国軍の過半数か……全軍。


「連隊が圧倒される規模の大軍。偵察部隊がどうやって見落としたのかは後々考えるとしよう。直ぐ様、救援部隊を中央軍及び東西軍から派兵しろ。規模は各方面軍より1師団ずつ、および魔装連隊を送る。手続きなどは全て後回しでいい。派兵する部隊を直ちに決めろ!」


総司令からの怒号と共に幹部たちが忙しなく働き始める。

ここに集められているのは王国でも随一といっても過言ではないほどの頭脳集団であり、国王やバギンスからも重宝されている部隊だ。

今後について頭を悩ませていた所へ更なる凶報が飛び込んでくる。


「き、貴様…私を、王国軍元帥であるこの私を愚弄しているのか」


指令室内が凍りつく。

何事かと見てみれば、一人の通信将校が今にも倒れそうなほど顔面を蒼白させている。だが驚くべきはヴァイヘルムの方だ。

ハッサー、バギンス、ヴァイヘルム。それぞれの祖父たちが三国連盟を結成した当人らで、三名は彼らの孫に当たる。幼少期から共に過ごしてきた彼らは王国の繁栄を願う気持ちで育ち、とても温厚で紳士的な人柄で国民から絶大な人気と指示を得ている。

そんな背景を持つヴァイヘルムが激高しているのだ。


「”不死の部隊”…だと。弾丸を身に受けても立ち上がり、手榴弾や砲撃の直撃を受けても再生する…これは貴様の冗談なのか、それとも戦闘中の部隊からの通信なのか!答えろ!」

「せ、戦闘中である第九二二連隊からの緊急つ、通信であります」


新たな情報は信じ難い、否、信じられない内容であった。

だが、通信将校が握りしめている紙には確かにそれと同じ内容が書かれている。

前線を経験している九ニニ連隊が通信を間違える可能性は低く、また中央軍の通信員が聞き間違えをする確率も限りなく低い。

それらが意味することは一つだ。


「不死身の人間に誰が勝てるというのか…これが本当だとしたら我々は…敵の残存勢力は予備兵力をあわせても五十万弱…だが不死者だと、笑わせる。何かの手違いであって欲しい所だが、連隊からの最高レベル緊急救援信号…信じる他あるまい。おい、前線では”不死の部隊”に対してどういう対策を講じているのか」


問いかけられた通信将校が小脇に抱えている資料の中から一枚の紙を抜き出す。


「対処は…困難、とのことであります。遅滞戦闘を行い、中央へ状況を打破し得る何かを求めております」


対処が困難な事態。

それは誰もが予想しえなかったことであり、予想できたとしても対処できないことだ。

これは夢なのか、それとも幻なのか。

だが幾度となく、何度も何度も頬をつねろうが引っ叩こうが現実は変わらない。

絶望、焦燥、混乱、不安。

様々な感情が総司令室にいる将校たちの心を覆っていき、重苦しい沈黙が部屋中を満たす。

その時、部屋中央にある黒電話がけたたましい音をたて鳴った。

ヴァイヘルムが微動だにしない事を確認した一人の大将が、恐る恐る受話器に手を伸ばし、それを取る。


「こちら中央軍総司令室で…はっ、直ちに!」


電話口へ大将が名乗りを上げた次の瞬間、クルリとバレリーナ顔負けの反転をし受話器をヴァイヘルムに差し出す。


「バギンス中将閣下であります」

「なに、バギンスだと?」


ヴァイヘルムが受話器を受け取る。


「バギンス、私だ。緊急…既に把握済みか。被害報告はまだだが、低く見積もっても1旅団規模の被害は覚悟すべき…なに、特務兵団?彼らに対処を任せるべきだとでも言うのか。だがな私としては…了解だ。しかし、最低でも1師団は彼らに同行させるぞ…分かった、国王陛下にも状況を伝えておいてくれ」


短い会話の後、ヴァイヘルムが受話器を大将に戻した。


「総司令、バギンス中将閣下はなんと」

「全軍に一時撤退命令を出せ。戦線を後方で構築した後、奴等を罠にかける。殿軍の一つを特務兵団の兵団長自らが指揮をするらしい。他師団長たちにも伝達し、上手く連携させろ。バギンス…中将にも思うところがあるのだろう」


撤退という言葉に一度は慄いた将校たちであったが、その優秀さを証明するが如くき

びきびともとの仕事に戻っていった。

だが、彼らは優秀すぎるが故、あまりにも定説に捉えられすぎているが故に気づかない。

王国が踏み出そうとしているのが死への道であって、希望ではないということを。

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