第22話。祝勝会。

 「えー。それでは祝勝会を始めたいと思います。乾杯の前に兵団長から短いご挨拶がありますので、傾注!」


広い会議場を借り、祝勝会を開いているのは特務兵団の面々。

誰もが自身に満ち溢れ、その勝利を驕ること無く喜んでいるのが窺い知れる。

直前までテーブル式の祝勝会が予定されていたのだが、給仕に料理の配膳をお願いするのも面倒なので立食式となっている。長テーブルの上にはこれでもかという程、様々な種類の料理が大量にある。どれも高カロリーな物が多いのだが、普段は質素な食生活を送っている兵団員たちにとって気になるほどでもない。


「諸君、今日は素晴らしいの一言に尽る戦果だった。我々の前に立ちはだかる敵はもはやいないのではないか、と思わせるような練度を誇っていたぞ。たった数度の演習と呼ぶに値しない練習だけで王国の虎の子戦艦をたった一連隊で葬り去ったのだ。だが、よく言っておく。強者ほど戦場に送られ、更なる戦果を期待されるというのが世の理。しかし、だ。我々にとって戦場とはパラダイスであり、心休まる場所であるはず。バカンスを南の島で過ごすくらいなら、戦場を鬼神となって蹂躙する方が我々には適しているに違いない。忘れられては困るのが、私自身は戦闘狂ではないという事だ」


君たちは何故、そんな表情と目で私を見ているのだね。

私は安全な後方でのんびりと軍務について、哨戒任務という名の空中散歩の時間や、演習という名の親睦会に出たいのだよ。


「ゴホンッ……さぁ、国王陛下と我らが国民に、血と、肉と、骨と、我々の全てを捧げようではないか!」


ほら見たことか、そんなに瞳を爛々に輝かせて、お前らのほうがよっぽど戦闘狂としての素質があるに決まっている。


「最後になるが。軍人たるもの規律を守る義務がある、だが今日だけは羽目を外すことを許可する!各員、存分に楽しめ!乾杯!」


音頭に合わせて、49名の隊員がグラスを天高く掲げ、ぶつけ、飲み干す。中には力一杯ぶつけ過ぎたため、グラスを粉々にしている者や感極まりすぎて男泣きしている者までいる。だが、それほどまでに今回の勝利が兵団員たちに与えた影響が大きいということかもしれない。

勝者は敗者の事も考え、配慮するべきだという人もいる。だが、それは大きな間違いであると私は常日頃から思っている。勝者というものは敗者を蔑み、嘲るという一種の特権が与えられているのだ。勝つために死ぬほど努力したのが勝者であって。その努力が、どんな言い訳があろうと、足りなかったのが敗者である。それ故に今日、勝者となった者が明日、敗者となりうる可能性があるのだ。だから勝者でいるうちは存分に、勝者である事に喜び酔いしれ、楽しむというものだ。


「准将、どちらへ?無礼講とまではいかないのも知っていますが、ここにいる奴等が准将がいらっしゃって恐ろしいから楽しめいないと思うとは思えませんよ」


部屋を出ていこうとすると、モンタニュウスが私を引き止めた。


「そうだな、ありがとう。では、君がエヴァ王女の所にいって夕食を楽しんでこい。ちなみに、最低でも3時間コースだからな。覚悟しておけ」


たちまち、モンタニュウスの目が泳ぎ始める。

全く、何の覚悟も無しで私を止めたのか。私だって飲み食いしたいに決まっているだろう。

この世の中では、敵の脳漿を撃ち抜くか、食べるぐらいしか楽しみがないというのに。

いや、モーニング珈琲を片手に朝刊をゆっくりと読むのも良いかもしれない。


「そ、それは、やはり准将の仕事ですね。本官、これにて失礼致します。ご武運を」


これは逃亡罪か。

敵前逃亡罪は適用されないかもしれないが、法を少しばかり拡大解釈すれば良い話しだ。


「モンタニュウス」


私はそのままモンタニュウスの肩をつかむ。手の下からでも激しい鼓動を感じることができる。顔面は蒼白し、脂汗が額に浮いている。


「乗りかけた船だ。君も来るんだ」


モンタニュウスの耳元で囁かれたのは死刑宣告。


「ですが…」

「くどい!」


エヴァ王女からの質問の集中砲火を二分する、或いは、全部コイツに押し付けてしまえばいい。

やはり盾要員の存在は必要不可欠だな。改めて実感した。


 「失礼します」


豪華絢爛、絢爛華麗を体現したかのような部屋に通された。

大部屋の中央には大きな大理石製のテーブルが置かれており、これまた高価そうな椅子が三脚のみ、テーブルを囲むように並べられている。

だが、そんな大きな部屋に比べて座っているのは一人。


「お待たせして、申し訳ありません。それで、宜しかったのでしょうか、人数の件」


上座に座っているその人、エヴァ・ガヴァナー姫が答える。


「ええ、大丈夫よ。モンタニュウスさんとも話したかったし。さあ、座って。ガルーちゃんが私の右側ね。そう、そこ。で、モンタニュウスさんは左側。宜しい。じゃあ」


エヴァが手を二回鳴らすと、あの晩餐式の時にも居た執事が食事を運んできた。

銀色のサービスワゴンの上には銀色のクロッシュが二つと金色のクロッシュが一つ置いてあり、明らかに金色のがエヴァ王女、銀色のが私達用だろう。


「腕の良いシェフが作った料理よ。お口に合うと良いのだけれども」


基本的に私は好き嫌いをしない。おそらく、モンタニュウスも大丈夫だろう。好き嫌いできるのは、一部の上流階級の者たちのみだ。明日何が起きるのか分からない平民階級の者たちは食べれる物を食べられる時に食べなければ生命が危うくなることもある、だから食べるしか無いのだ。それに一国の王女からこんなに気を使われて口に合いませんとでも言った日には何が起きるのか考えるだけで恐ろしい。

しかし、なぜ私はこの王女にこんなにも好かれているのだろうか。


「お誘い頂けるだけでも光栄なのに、食事まで用意してくださり本当にありがとうございます」


美味しい食事を食べれるのは素直に嬉しい。

だが、緊張して舌が麻痺している状態の今、どんなに美味しいものを食べようが分からないに違いない。犠牲になった生き物たち、及びにシェフたち!

申し訳ない。


「お口にあったかしら?」

「とても美味しいです。特にこのスープ、一士官でしかない私にとっては、味わった無いものです」

「それは、嬉しいわ。モンタニュウスさんも、如何かしら?」


上手く返せよ、モンタ!

私のコメントに被らず、前菜に相応しい…


「と、とても美味しいです」


……ん?


「ふふふ、素直な方なのね」


素直じゃない、語彙力が著しくなっていない。16といえば既に成人済みの大人だぞ。

幼児みたいな言葉選びとは、絶望だな。連れてきたのが間違いではないことを祈るか。

何、私?私は良いのだよ、こんな事を求められては困る。

料理の感想が聞きたいなら評論家でも呼べばいい話。私を呼ぶということは暴力や力が求められているときだけだろう。


 そして小一時間ほど夕食の時間が続き、他愛もない会話でなかなか盛り上がった。王女に付き従っている侍女が面倒だとか、最近朝起きるのが億劫だとか、見知らぬ男たちが宮廷に出入りしえいるなどなど。

デザートの時間になると部屋を移動し、冬の星空が見渡せるバルコニーへと案内された。冬場にも関わらず寒く感じないのは何かの魔法なのか、あるいは科学的な何かなのは皆目見当がつかないが、自分用にも欲しいと思ってしまうほど快適だ。また、バルコニーの作りも素晴らしく、最高級石灰岩で作られた欄干やガラス扉に施された装飾を天一面を覆う美しい星々が優しく照らしている。

一級品が揃った。

しばらくは全員が星空に圧倒され、夜空を見上げていて程なくすると、例の執事がデザートを運んできた。


「甘い物は嗜好品、贅沢品でしょう。お二人は前線に常にいて食べる機会がないと思ったから今日は沢山用意させたの。遠慮なくお代りしてね」


前線にいようがいまいが、人工甘味料はとてつもなく高価な物だ。

甘味という概念のみで比べるなら、果実類が安価で入手しやすい。乾燥果実などは少々値が張るため、自分で作るか贈呈品用に購入するかだろう。砂糖が使われているジャムなどは戦時中という事もあり、平時と比べてかなり高額になっている。王国で砂糖類の生産がまだ不安定なため、ハドマイ帝国やフェルネル皇国から輸入しているのだ。


そして今、私が食べようとしているのは、三種類のシャーベットというらしい。水を凍らせ氷にし、それを薄く、細かく削りだした物に味をつけたもの。白いのが白桃、薄紫のが葡萄、赤色のがラズベリー味だそうだ。銀のスプーンを手に取り、エヴァがしているように、外側をすくってみる。

見た目の通り、柔らかく、今にも溶けそうなので直ぐ様口に運ぶ。

これは……


「冷たい。それでいて、美味しい」


味覚の文明開化だろうか。

口に入れた途端、溶け始めた薄氷はとても柔らかく、舌の上でみるみるうちに小さくなっていってしまっている。だが、味自体が消えることはなく、果実らしい清涼感が口内を満たしていく。飲み込んでみると、井戸水を飲んだ時のように冷たいものが喉から腹底へと流れ、温かい部屋で少し火照った身体を程よく冷ましてくれる。


「モンタニュウスさん、お代わりはいりますか?」


くっ、こやつ。

上官を差し置いて、自分だけ美味なるもの食そうなど、言語道断だろう。しかもコイツは、さっきのアイスをたった三口で完食したんだぞ。味も分からない哺乳類に与えるのは、残飯で良いだろう。


「頂けますか」


恥やそれらに類する感情一切を捨て去ったモンタニュウスの表情はいっそ、清々しいと言えるほどでもあった。


「ガルーちゃん、あんまり睨まないでね。ちゃんとあなたの分もあるから」


死にたい。


ああ、死にたい。


私はいつから、冷静さを失っていたのだ。強欲な軍人は嫌われるというのが定石なのに、私としたことが。このままでは、エヴァ王女からの評価に瑕疵がついてしまう。思えば、ここ最近の私は何かおかしいのではないか。少し前なら、戦場こそ私に癒やしを与える唯一の場所だったではないか。

血と硝煙の香り。

爆発音や警報が絶え間なくなり響き続ける。

敵味方からの絶叫が美しいハーモニーとなって、囀っていた。

あの場所こそが私が本来いるべき場所であるはず。

確かに前線より後方の方が好ましいのは確かだろう。だが、前線を経験した幹部とそうでない幹部の能力差は歴然としている。無能と揶揄されるよりかは、少なからずリスクを背負ってでも今の段階では前で出て武勲を立てるべきだ。

少し、弛んだ精神を矯正しなくては。


「申し訳ありません」


睨んだ事については謝罪しておこう。

愛想笑いぐらい浮かべようと努力しているのだが、私が笑うと部下が引き攣り笑いを浮かべているのに気づいてから、やめていた。口角を軽く持ち上げるだけ、と言われてもなかなか難しいものだな。帰投次第、鏡の前で特訓するとしようか。ただただ時間が無駄になるだけの気がしなくもないのだが。

まずはここを切り抜けることこそが先決だろう。


「エヴァ王女、そろそろ本題に入って頂けないでしょうか。私が本日、ここに呼ばれたのはただ雑談を楽しまれる為ではないでしょう」


暫しの沈黙。

モンタニュウスも手を止めて、私とエヴァ王女へ視線を行き来させている。

数度、逡巡した後にようやくエヴァが重い口を開いた。


「ええ、そうよ。では、本題に入りましょうか」


居住まいを正す。

モンタニュウスも私に習い、服の襟を整えた。


「まずは、バギンス叔父様が今回の演習では良くやったと褒めてらっしゃったわ。ご存知かもしれませんが、明日朝一で王都にて報告して下さいね」


それは先程、伝令員から聞いている。


「私からも一言だけ。今日、特務兵団の戦闘を見て心惹かれなかった人はいないと思うわ。良くて最強ネームド魔装連隊、悪くて英雄扱いされる事になりそうね。まぁでも、マイナス分を差し引いても余りあるぐらい意味のある、歴史に刻まれる事だと思います。兎に角、今日はご苦労様」


英雄。

お伽噺に出てくる英雄たちは己の身を犠牲にして、名誉と栄光と誉のために戦う者たちだ。

私達、少なくとも私は違う。

もし、戦争に負けてでもみろ。軍法会議で裁かれ、活躍し、英雄と称された奴から絞首刑にされてゆく。一回戦争を始めてしまったら、勝つまでやめられない。だが一回勝ってしまうと、やめたくても、やめさせてくれないのが戦争だ。敗戦国は戦勝国を憎悪し、復讐を誓う。傀儡国、衛星国、保護国、或いは従属国らは解放されるために暴動を起こし、それを鎮圧するために軍隊を出せば、人権団体から批判される。

だが、考えてみてくれ。戦争に負けたやつが、勝った者に意見して良いのだろうか?


否。


戦争という非生産的で、全くもって合理的ではない代物があるお陰で、私は准将と地位を手に入れられた。常時では、身寄りのいない少女が軍隊に入って将校階級になるのは、まずあり得ない。そういう面においてこの戦争という奴には感謝してもしきれない。だからといって、英雄に担ぎ上げられ、戦争に貢献し、最悪の場合が起きた時にスケープゴートとして捨てられるのは御免被りたい。


「ありがとうございます」


黙っていた私の代わりにモンタニュウスが答えた。


「ここからが大切な事よ。ガルーちゃん…」


先程から気になっていたのだが、なぜちゃん呼びなのだろうか。

私は例え准将だろと、王都外の貧困農村部出身の下級平民だ。それを相手に、周辺諸国の中でも頭一つ抜きん出ているハッサー王国の王女殿下が親しくなって良い身分の者ではない。

だが注意する事もできない。

ええい、厄介な問題だな。


「……がこの前の兵団長会議で提言していた…かの国の裏切り疑惑……確定したの」


そんなアッサリと。しかも短時間で。


「会議からまだ日が経っていませんが、どのように調べたのでしょうか」

「知っての通り上層部もこの事には少なからず疑惑を抱いていたのね。そのために、諜報活動を行っていたのだけれども、明確な裏切りと捉えられる証拠を入手したそうよ。偶然、ガルーちゃんの提言と重なっただけらしいわ」


証拠。


もし、ザルス帝国が流した偽造証拠を掴まされたのなら溜ったものではない。国としての信用は落ちるし、国民の士気も下がる。何よりハドマイ帝国という近隣諸国唯一の同盟国を失うことになるは大きな問題だ。たとえ裏切り行為が本当であったとしても、恐らくハッサー王国は国を植民地化せずに、ある程度の自由権を与えた上で保護国もしくは傀儡国にすると思われる。ハドマイ帝国には銅、鉄、銀、金などの貴金属類や石炭や石油などの豊富な資源がある。必要な資源の自国生産が不可能なハッサー王国にとって喉から手が出るほど欲しいはずだ。


ここは慎重論を唱えるべきだろうが、先日あんな事を言ってしまったからには無駄だろう。

二重人格と思われかねない。


「私の兵団はどうすれば宜しいでしょうか。特務兵団はどの局の命令系統からも外れていますので……察していただきたいです…かの国の首都でも強襲してみせましょうか」


まぁ、無理だがな。

半数、いや四分の三以上の犠牲が出る作戦など例え成功したとしても、それを成功と呼んではいけない。最小のリスクで事に当たるのが重要なのだ。特に魔装兵のスペアは少ない分、慎重になる必要がある。


「特務兵団への初任務は……王国内にいる、敵国兵の一掃です。手段は問いません」

「……本当に手段を選ばなくても良いのですね」

「え…ええ。父上はそう仰っていたわ」


エヴァが生唾をのむ。

ガルーの表情筋が見事なまでに収縮し、口角が限界以上まで上がり、顔が歪んでいた。

モンタニュウスは慣れているのか素知らぬ顔をしているが、実際は冷や汗を止められずに居た。


「で、でも、やり過ぎないように。特に民間人に被害が出ないように注意して下さい」

「勿論です、敵に気づかれないように致しますので。掃討作戦が終わったとしても、誰も気づきませんよ、絶対に」


手段を選ば無くていい!敵を殲滅しろという命令。

今まで私がどれ程、自制をきかせていたのかを。

国際戦争法によって、様々な火器が制限されているため、それらを使うのはご法度だ。

だが、法の穴をつけば良い事であって、私の得意分野である。

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