第19話。純愛。
「お考え中のところ申し訳ございません」
どうやら私は考え事、過去の回想にふけっていたらしい。
見ると、先程まで湯気を立て、美味しそうだったスープが冷めている。
「いえ。それでどうなさいましたか?」
折角のスープ、冷めても美味しいだろうが温かいうちに飲みたかった。
「モンタニュウス・ヴァイデル少尉がお会いになりたいと」
モンタニュウスが?
スーザン少尉との夕食を命じておいて、私一人、優雅に夕食を食べようと思っていたのに。
上官の食事を邪魔する下士官がいるか。空気が読めないやつめ。
「すみませんが、どういった無いようなのか、聞いておられますか」
何時の時代でもそうだが、飯時に邪魔をするのは非常識か緊急だけ。
どちらとも、全力でお断りして、この料理を胃袋に収めたい。
「申し訳ありません。少尉からは会いたいとだけ伺っております。如何なさいます
か」
これで特に何もなかったら、兵舎の前門に奴を全裸で吊し上げてやる。
そして体中にメンソール液量を塗りたくって、前に鞭を置き、立て看板に、お好きにお使いくださいと書いてやる。
「分かりました。すみませんが…」
夕食は取りやめ、と言おうとしたが罪悪感に苛まされる。
私のような珍しい情勢将校にも関わらず敬意を払い丁寧な接客をしてくれた老紳士なウェイター。その命の灯火を消し、食物を与えてくれた動物。厨房で汗を流し、腕を振ってくれたシェフ。
そんな人達の働きを無下にするなど、言語道断。
「冷めても構いませんので、お手数ですが夕食を何か器に詰め込んで下さいませんか。後で部屋で食べますので」
いや、決して。決して、私が美味な食事を食べたいわけではない。
「それで、少尉。私の夕食を邪魔したのには、それ相応の意味と理由があるのだな」
食堂から少し離れた部屋でモンタニュウスを詰問する。
「は、はっ!」
ガルーの瞳は怒りに燃え、顔は歪んでいる。
いつも無表情な人が感情を発露させている、モンタニュウスは警戒レベルを引き上げた。
「先ほど、バギンス・ドクトリヌス卿から連絡がありました」
少しだけガルーの表情が和らぐ。
だが、それでも古参兵を怯ませるほどである。
「バギンス閣下から…用件は?」
「来週に予定されていた海兵兵団との合同演習の日程が変更されました」
一瞬の逡巡。
「明後日だそうです」
「明後日…だと…」
今すぐ逃げ出したい、それがモンタニュウスの心情だ。
日程を聞いた瞬間、先程まで激怒していたガルーが再びいつも見せている能面のような表情に変貌した。
何を考えているのか、検討もつかない。それでいて、自分の動物的本能が叫び続けている。
危険だ!
「少尉、私の記憶違いでなければ、我々特務兵団はまだ顔合わせすらしていないよな」
「は、はい」
「一週間でも無謀すぎる。聞くところによると、我々特務兵団の総数は50名。魔導連隊の限界人数だ。それをたった一週間、兵団員の名前すら覚えられないと危惧していたのに明後日だと?明日しか、練習する機会はないじゃないか。上層部…バギンス閣下は何をお考えになっているのか!!」
あぁ、これが准将の真の姿なのだろう。
怒りのあまり目は見開かれ、激しく歯ぎしりをし、魔装拳銃を抜こうかと手が悩んでいる。それでいて濃密に空気を汚染している赫怒が死の予兆をもたらしている。
悪魔すら彼女の形相を見て逃げ出すに違いない。
近くにいるだけで、怒りの矛先が自分ではないと分かっていても、生命の危機を覚える。
だが、モンタニュウスは狂喜乱舞する心を押さえ込むのに必死だ。
一般的な両親に、一般的な兄弟を持つモンタニュウス。
だが彼は壊れている。ガルーとは少し違う壊れ方だが。
モンタニュウスは強さに憧れると同時に、自分の限界をよく知っている。強さこそが全ての正義であり、それ以外は悪であると堅く信じている。それであるから、同い年で自分の数倍の魔力量を所有し、圧倒的な戦闘センスを持っているガルーを崇めないわけがない。強さとは絶対なるものであり、限られた人にしか与えられていない特権である。
彼は強さに対して狂っている。
「准将…」
「なんだ?」
目線を向けられただけで失神しそうな程の圧がかかる。先程からガルーの周辺にある魔力が実世界に影響を及ぼすほどに荒れ狂っている。
「いかが致しますか?」
口を聞いたのは間違いだったのかもしれない。
未だかつてないほど、ガルーは怒っている。
そして、モンタニュウスもまた、未だかつてないほど、喜びに満たされている。
「貴様、なぜ笑っていられる?」
なぜかって?
「准将の強さを見させていただき、小官は喜びのありま失神しそうです」
ガルーの表情が一瞬で冷める。
うわ、なにコイツ。気持ち悪い。何で人が怒りを露わにしているのに、喜んでるの?
意味が分からない。
「馬鹿馬鹿しくなってきたな」
上層部で何かあったに違いない。
どこかの面子を保つためには、誰かが犠牲を払う必要がある。そのツケが私達の部隊に回って来たらしい。
全く、まだ実戦すら経験していない段階で負けでもしたら、士気に差し障る。
部隊員たちの練度こそ高いものの、ほぼ初見で対戦艦戦闘とは。
明日、少しでも早くから練習し、最低限、軍として動けるようにしなければ。
連帯がやはり重要…連帯…連帯?
「モンタニュウス!」
「は、はっ!」
「今すぐ全員を集めろ。ブリーフィングを始める」
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