愛を嗤え

akari

第1話 虹油戦争

「何をしている!早くしろ!」

「はい、ただいま!」


怒鳴り声に向かって真っ白な刃を放り投げる。

目の前に迫った兵士は瞬く間に放たれた閃光に切り裂かれた。

右を見ても左を見ても敵兵まみれで味方を見つける方が骨が折れる。

圧倒的に分が悪いのはいつものことだ。


「何をもたもたしている!さっさとついてこい!」

「はい、行きます!」


再び怒鳴りつけた相手にやれやれとため息をつく。

ボーナス出るかなとぼやくと地獄耳なのか前を走っている男に再び怒鳴られた。


「丹子!何をしている!」

「後ろにいます!」


発砲にさらされている男の背面を特殊加工の施された盾で防ぎながら、新生丹子≪ニイオニコ≫も怒鳴り返した。

自分が無茶苦茶に敵陣に飛び込んでその尻拭いを人にさせているわりに酷い言いぐさであるがとっくの昔にそんなのは慣れた。

言い返したら言い合いになって日が暮れるのは目に見えている。


場所は神奈川、横浜。

敵兵はロメリア国の兵士。

両者一歩も引くことはなく、戦いは激化の一途を辿っていた。



20××年、石油に並ぶ新たなエネルギー資源として発見された虹油≪コウユ≫は極少量で莫大なエネルギーを生み出し、別の物質との組み合わせによりあらゆる物質へ変化をする汎用性により急速に世の中へ普及した。


一方で、世界中のあらゆる地域に極少量ずつしか確認されておらず、採掘すれば莫大な利益が得られるものの、採掘に要する費用の方が高額なため、積極的に採掘を進める事業は限られていた。


そんな折、エネルギー資源の枯渇している日本で莫大な量の虹油が地下資源として眠っていると発覚する。

日本で虹油採掘事業がみるみるうちに発展し、虹油採掘技術は著しい成長を遂げた。

世界は虹油により著しく科学技術を発展させ、豊かになるかと思われたその時、日本の総理大臣はとある政策を発表した。


虹油独占法。

野党の国会議員の反対意見を押しのける形で制定されたそれはその名の通り、虹油を日本のみで独占する法律である。

国内、海外を含め反対意見が多数あったが、その法律が制定されたころにはすでに日本では虹油なしでは生活が営めないほどどっぷりその恩恵を受けていた。

最初のうちはデモ運動も起きたものの、虹油採掘、研究事業はすべて国営であり、つまりは、国に逆らえば供給を断たれる。

虹油を差し押さえられれば電気、ガス、車のガソリンなど、生活に必要なエネルギーが差し押さえられるも同然で、生活に困窮する。

家具、衣類などの日常必需品も虹油による特殊な製法で、破格で高品質な品物が手に入る時代である。

虹油による圧倒的生活水準の上昇により、一気に景気はよくなり人々は裕福な生活を約束された。

黙っていれば甘い汁だけを啜れる。

従わなければ制裁される。

独占を享受するこの状態が黙認されるのは時間の問題だった。


もちろん、国の方針に一番反発したのは海外である。

虹油を輸出しなければ軍事的制裁を加えると発言した国々を一蹴した日本は今現在、戦争の真っただ中である。

日本vs世界

虹油を使用した軍事研究の発展も目覚ましく、圧倒的科学技術を見せつける日本に対抗するため、世界の国々のほとんどは同盟を結んでおり、皮肉ではあるが、日本を敵とすることで日本以外の世界が一つとなった形である。

その海外の国々をまとめあげる代表国が現在の戦争相手、ロメリア国である。



丹子が駆り出された抗争でロメリアが撤退するまでに実に二週間。

睡眠なしは当たり前、休憩もほとんどとれない戦場で、戦い続けた丹子は終わった途端気が抜けてその場にしゃがみ込んだ。


「長かった・・・」


改めて自分の装いを確認すると、血や泥まみれで汗臭くて、まるで獣である。


「ぼけっとするな。行くぞ」


上から声が降ってきて心の中でため息をつくと立ち上がる。

丹子を見下ろしているこの男、深澄三嵩≪ミスミミツタカ≫はすぐに視線を外すと丹子を置いて歩き出した。


「タオル」

「はい」


言われると思って背嚢からすでに出していたタオルを追いかけて渡せば、三嵩は黙って奪い取ると黙々と返り血をふき取っていた。



丹子と三嵩は虹油自衛隊の一員である。

日本は虹油独占法を制定して戦争を起こすきっかけを作っておきながらも、こちらからは他国を侵さないという体裁を保ち、悪いのはあくまで先制攻撃を仕掛けてくる他国であるというスタンスを崩さない。

正当防衛を主張しているのがお笑い草である。

つまりは世界と戦争をしているにも関わらず、日本には自衛隊以外の軍隊は存在しない。

自衛隊と言えば聞こえはいいが、内部組織は独占法制定前と比べて全くの別物である。

組織体制、運用は虹油化学を軍事展開する際に最適な方法に特化されており、訓練内容や実践内容も依然と比べて大きく変化している。

公的には陸上、海上、航空、虹油を含めて自衛隊と一つの括りで呼ばれるが、虹油自衛隊、通称RSDF(Rainbow oil Self Defense Force)という内部組織が自衛隊すべての実権を握っているのが実際である。



丹子と三嵩は拠点へと戻ると翌日には基地へ帰還するよう通達が出された。

その日は疲れのままに泥のように眠りたいと思っていた丹子であったが、生憎、三嵩がそれを許さない。

RSDFではバディというシステムが運用されている。

つまりは二人一組。

丹子と三嵩である。

一度バディを組めば再申請をするまでは基本二人は常に共に行動することとなる。

拠点に帰ってきたからとはいえ、これは現在も継続されており、丸まって寝ようとする丹子の隣に三嵩は座っていた。

タオルで懸命に腕をこすりながら。


「深澄また病気か。やるなら外でやれ」


見回りをしている隊員がうっとうしげに三嵩を見た。

三嵩は抗争が終わってからずっとタオルで体のあちこちを拭いている。

こびりついた血を落とすように。


「はい」


大人しく返事をした簡易休憩所を抜け出すと幽霊のような足取りで歩いて行った。


「・・・っもう!」

丹子はそう小声で唸ると後を追った。



追いかけていくと暗がりでぼさっと経っている三嵩を見つけた。

幽霊と間違われてもおかしくない出で立ちである。


「三嵩さん」


声をかけても振り返ることはない。

一心不乱に腕をタオルで拭いている。

彼は病的なまでに潔癖症である。

基地へ帰って風呂に入るまで三嵩がこのままなのは経験上よくわかっていた。


「三嵩さん風邪ひきますよ」

「落ちない。落ちないんだ」

「そうですね。もう少し我慢ですね」


丹子のことを見向きもしない三嵩の隣にしゃがみ込む。

初めてこの現場に出くわしたときは無理やりやめさせようと手を掴んだ。

そして、ありったけの力で突き飛ばされて、言葉にならない言葉を発しながらめちゃくちゃに怒鳴られて、理性を失った獣のような姿に一歩も動くことができなかった。

声を聞きつけた隊員が5人がかりで三嵩を押さえつけて、丹子はただそれを泣きながら見ていたのを今でもよく覚えている。


三嵩には触れてはいけないとその時学んだ。

むやみに触れてしまったら次は腕ごと刀で吹き飛ばされるかもしれない。


そんな危険人物にも関わらず、上官たちが三嵩を隊においたままにしている理由は三嵩が虹油の運用を任されている責任者の息子であることと、軍事訓練や実践で輝かしいまでの実績を叩き出しているからである。

権力も実力もあるサラブレッドに、上官は甘い。

普通だったらこんな奇行をした時点で除隊、よくて罰則。

もちろん、敵が白旗を上げたとはいえ、抗争の作戦遂行中の今、一人だけ別行動でテントの外に出すなど特例もいいところである。


三嵩の隣でときどき声をかけて、じっと座って。

どれだけそうしていただろうか。

うとうとと船を漕いでいたが、気が付けば空が白み始めていた。

そろそろ戻らなくてはいけない。


「三嵩さん行きましょうか」


そう言って顔を覗き込めば三嵩さんは途方に暮れたで私を見た。


「大丈夫ですよ」


何の説得力もない言葉だ。

戦いのたびに何かに怯えて一心に汚れを落とし続ける三嵩の誰も知らない一面を丹子だけが知っていた。

手でも握れれば励ませただろうか。

いや、きっと、丹子の力では遠いところを見ているこの人を救うことはできない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る