目の部分が三本で、下とつながっている ★4

「この漢字…なんかおかしくありませんか?」

「え?」

「ほらこの“眞”って字」

「旧字体だから?」

「そうじゃなくってここ…。眞の“目”ってところ、三本になってるし、目と下の部分がつながってます」

 浩然が指さしながらケータイを客に渡す。(※カクヨムのフォント上、筆者が表現したい字が出せませんでしたので、下に近況ノートのURLを貼り付けましたのでそちらをチェックしてください)

「あれ…本当だわ。何これ?」

「ひょっとして…ちょっと待ってもらえませんか? あの、そのケータイもお借り出来ますか?」

「ああ、ええ」

 浩然が客のケータイを持って一旦個室から出た。その後、すぐに浩然が戻ってきた。

「わかりました、これ、中国語の書き方です」

「中国語?」

「ええ。中国の“真”の書き方は中の目の部分が三本で、下とつながっているそうです」

 “真”の文字が書かれた紙を渡す。さっき希に書いてもらったものだ。

「まあ、恐らく澤田は中国語を勉強していたんじゃないでしょうか?」


 きっと癖で出てきてしまったのだろう。浩然も数学を習った時に「dは筆記体で書け」と言われたら、英語の時間でも筆記体のdを書いていた。外国語でも癖が抜けないというのは理解できる。


「なるほどね。…あの一つファンさん聞いてもいいかしら? ファンさん自身は中国語は…」

「あ、はい、お恥ずかしい話で恐縮ですが、私自身はできません」

「ああ…そうなのね?」

 牧瀬の顔には“どういうこと?”と浮かんでいるが、その話は長い上に今は特に関係ないので、そのまま押し通すことにした。

「その叔母さまは勉強されていたんでしょうか、中国語を」

 客は首を横に振る。

「いいえ、知らないの。でも…」

「でも?」

「ああ、いえ、たいしたことではないんですけど、昔叔母と台湾料理店行った時に、入った瞬間に“あ、ここは台湾人ではなくて、中国の大陸の人がやっているのね”って言っていたのを急に思い出して…。中国語が叔母もわかったからかしら?」

「あ…えーと…」

 何を見てそう思ったのかわからないから何とも言えない。

「まあいいわ、ちょっと中国語関連で何かないか調べてみるわ。ちょっとすっきりした~、人に話すっていい事よね。ありがとう、付き合ってくれて。すっきりしたわ」

「あ、いえいえ、特にお役に立てず…ではこれで失礼します」

立ち上がり頭を下げた。出口に向かおうとすると、客が浩然を呼び止めた。


「ねえ。ジャスミン茶って」

「はい?」

 浩然が振り返る。

「傷ついた茶葉に匂いを付けて隠すために生まれた飲み物でしょう?」

 グラスをくゆらせながら客は言う。ジャスミンの黄緑色の茶葉がゆっくりと揺れる。

「え、ええ」

とさっきマダム欧陽オーヤンに教えてもらったことをたぐり寄せてうなずく。

「偽名を使って何を隠したんでしょうね?」

 客は真顔でこちらを凝視した。

「まあ、よかったら考えといて」

 相変わらず断るのが忍びなく思えるような、柔和な顔つきで笑った。



「戻りました~」

「おつかれ、もしかしてお茶淹れた?」

 雪梅が言う。

「あ、うん」

「どう?」

「緊張した~」

「どう? おいしいとか言われた?」

「いや…」

 まさかお茶そっちのけで偽名事件について相談された、とは言えない。


「牧瀬さんっていうの。よく来る常連さんだよ」




―――――――――――

★4…澤田眞人の芳名帳 https://kakuyomu.jp/users/Ichimiyakei/news/16816927859265441646

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る