鬼さんみっけ
盗まれた本の見開きで電子化されていたことが判明した次の日の木曜日、
「次、茶髪男が来て、その男が入ってきた時ゲートが鳴ったら、必ず荷物を調べてください」
「鳴らなければ…?」
「別に何もしなくていいです。というか、茶髪男の顔なんて司書さん覚えてないですよね? なので、入ってきた時に鳴ったら確認してください」
と言った。
希曰く、
「まあ数日間くらいはこの件で飯田さんの眼は茶髪男しか映らないはずだから安心したまえ」
と言った。浩然はそんな無責任な、とは思っていたが、数日後、見事入口で茶髪男がひっかかった。
「よく見せたよね~、僕なら絶対見せないね」
電話口でのんきに希がそう言った。飯田がいつものあの勢いで聞いたのだろうか。
「動機はなんだったの?」
「なんか借りれなかったらしいよ。延滞しすぎて」
「ああ…ペナルティね」
「しかも大学の図書館も延滞しすぎて、あっちのほうは出禁食らったらしい」
「それで市立図書館の本を盗んだの?」
「まあ本人としては盗むという意識はなかったみたいだけど。前に図書館へ入る時にたまたまDVDを持ち込んで鳴ったことがあったみたいで。それで出る時に本を持ったままゲートをくぐったらなんと盗むことができたってわけ。だから今回も同じ方法で拝借したんだって」
あきれた。それでおれが犯人だと思われてたなんて、と浩然はため息をついた。律儀なんだか、雑なんだか…。しかし、もし犯人が茶髪男でなかったり、返しに来なかったらなすすべもなかった。
ここにきても疑問は残る。なぜ民俗学の授業で『鬼を探して』で書いたレポートが大量発生したのか。推測だが仲間の内々に見せる予定が拡散した、というのが一番しっくりくる。まさかみんなの為に奉仕精神でせっせと電子化していたとは少し考えにくい。
ただ確かめる術はない。茶髪男はこの事件にまさか浩然が関わっているということは知らないから、本人に直接聞くことはできない。今後もそっとしておいたほうがいいだろう。
飯田にも本がPDF化され、拡散されたことと、犯人が浩然と同じ学校の人だったと言うことを黙っている。犯人とは同じ学校だった、なんてことを知られたら、浩然の印象はまた悪くなる。
そして、飯田はこの件でまだ浩然に謝っていない。
でもまあいいんだ、どのみち。
浩然は3階の民俗学の本が収められた棚の前にいる。黄色い午後の光が色あせた本の背表紙たちを写す。その中でまだ新しい、スキャンされてしまったせいか、少し横にふくれた本を手に取った。『鬼を探して』だ。迫力のある朱塗の鬼の面。
自分が犯人じゃなかったことを証明できたこと。そして、本が無傷のまま帰ってきたことだけが良かったことだった。
浩然は再び鬼の本を棚へ戻す。すると、
「浩然みっけ」
と相変わらずの声が聞こえた。
「もう行こう」
窓から降り注ぐ光の中を歩く希の後ろを、浩然は追いかけた。
《第二章『鬼を探して』 終わり》
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