第10話
「小林さん、ちょっと日本酒飲んだだけでベロンベロンだわ。少しずつ水を飲みなさい。」
「ん...」
夕食後、私達は部屋でお酒飲んでいた。
私は日本酒を先生の半分飲んだだけで潰れた。その日本酒は甘くて美味しかった。
先生に布団へ連行された。
私は中居さんが敷いてくれた布団に大の字になった。別に気持ち悪いという訳ではなく、心地良くてウトウトしていた。
完全な酔っ払いである。
先生も横になった。そして、私の頭を撫で回した。我が家には猫がいるのだが、飼い主に撫でられているようで心地良い。
しかし、先生は程よい距離感から踏み込んできた。
先生は両手に唾を付けて、私の耳の中を円を描くように撫で回した。
全身に鳥肌が立ち、背中がゾクゾクした。
「んんっ...、気持ち悪い!」
先生はビクっと体をふるわせ、耳の中から両手を引いた。
「飲み過ぎちゃったみたいだから、頭を冷やしてくるわね。」
先生はそう言うと、部屋から出た。
この時の私は、下腹部の奥が熱を帯びていた。酔っていたので、快楽と言動が結びつかなくなっていた。
どれくらい時間が経っただろう。
私は酔いからある程度は覚めた。しかし、一番酔っていた時の記憶がない。
「先生?」
先生の姿は部屋にない。
帰ってくる気配は全くない。
私は不安になる。
部屋の外へ出て、先生の姿を探した。
「何で...?」
先生は喫煙所の近くにある椅子に座り、日本酒を飲みながら泣いていた。
次の日の朝。
「おはようございます、先生。」
「おはよう。」
先生は今朝、ルームサービスを頼んだ。
覇気がない先生。そして、目の下のクマが目立つ。
先生は普段コンタクトだが、今日は眼鏡をかけている。
「今日は、各々帰宅しましょう。」
「各々って?先生は?」
「私はレンタカーと新幹線で帰るわ。」
「えっ?」
私は驚きの色を隠せない。
先生は淡々と食べる。
「無理しなくても良いのよ。気持ち悪い人とタンデムするのも嫌でしょう。」
「気持ち悪いって、何がですか?」
「忘れたの?」
先生は私の目をじっと見る。
「人は酔うと、本音が出るものなのよ。」
私は酔って何を言ったのか。先生に確かめる。
「先生を不愉快にしたのなら謝ります。私は何て言ったのですか?」
先生は私が何を言ったのか教えてくれなかった。
ふと、昨日の夜の事を思い出した。
先生は部屋の外で泣いていた。
「先生、本当に申し訳ありません。先生の気の済むまでいくらでも謝ります。」
「いいって事よ。」
「お願いですから、私の後ろに乗ってください。」
「...、わかったわ。」
先生はずっと冷静だった。
私は逆に、その冷静さが怖かった。
本当は先生ともっと軽井沢を観光したかったが、先生の自宅に直帰する事になった。
このままだと、先生が独りで帰りそうだったからだ。ツーリングで連れてきて独りで帰らせるって、そんなに酷い事は出来ない。
帰り道は裏道を使いたかったが、先生と私の関係がギクシャクしている今、高速道路に乗って先生の自宅へ直行する事が正しい選択だと思った。
軽井沢ツーリング以降、先生は採血室に顔を出さなくなった。
そして、食堂で会うことも殆どなくなった。それが毎日続いた。私は不安になった。
今日の午前中にVVRの患者様が出た。私が担当者だったので、食事は後回しにする事になった。
遅めのランチ。人もまばらだ。先生と食堂でばったり会った。先生のほうが驚いていた。
「先生、またツーリングに行きましょうね。」
私と一緒のテーブルを囲い、椅子に座った。
「やめておくわ。」
先生は私の誘いを断った。
先生は食事をあまり取らずに席を立とうとした。私は、先生の腕を掴んだ。
「先生、食べ物がこんなに残っています。体力が落ちますから、食べてください。もっと痩せちゃいますよ。」
先生は座った。黙々と食事を取る。
「先生、私達はどうしたら元の関係に戻れますか?」
「そうねえ、私の靴を舐めてくれたら考えるわ。
「わかりました。」
私は机の下に四つん這いになって、先生の靴に自分の舌を押し付けた。
「ちょっとあなた、意味分かってやっているの?本当に舐めるんじゃなくて、忠誠心を誓うものよ。」
先生は慌てた。
「一緒にツーリングに行きましょうね。」
「わかったわよ。行けば良いんでしょう?」
いつもの先生に戻ったようだ。
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