世界最速の魔王道 ~転移魔術? いいえ、違います。彼は高速で走っているだけです!~
祭田秋男
第1話 魔王
「四十八……四十九……五十! よし、二セット目終了」
俺はトレーニングメニューの二セット目を終え、三セット目に入る前の小休憩に入る。
「ふうー、いい感じに筋肉も喜んでるな」
「はあー。こんなときまでやらなくてもいいんじゃない?」
隣で椅子に座って青髪をいじっていた女の子――幼馴染のミリアが、呆れたように溜息を吐く。
普段は猫のようにパッチリとした目は眠たげに細められ、けだるそうに足をプラプラと動かしている。
「こんなときだからこそやるんだよ。ミリアも暇なら一緒にスクワットやるか?」
「スクワットって、アクセルが今やってたやつ?」
「そうだ。父さんに教わったんだけど、異世界ではよくやるトレーニングで、老若男女みんなこれが好きらしいぞ」
「ふーん」
ミリアは興味なさそうに返答しつつも、椅子から立ち上がって俺の横に並ぶ。
さっきからチラチラと見てたし、やってみたかったんだろうな。けどなミリア、スクワットは見た目ほど甘くはないぞ。
「肩幅に足を開いて背筋を伸ばす。この状態で腕もまっすぐ伸ばしながらゆっくり屈伸運動……これで一回、簡単だろ?」
「うん。見てる限りだと何回でもできそう」
「へぇ~なら俺と一緒に一セットやろうか」
「了解!」
そう言って元気よく返事をしたミリアと一緒に、俺たちはスクワットを始めた。
「三十八……三十」
「ちょ、ちょっと待って! 無理無理! 足がスライムみたいにプルプルして……も、もう」
「ミリアの筋肉も喜んでるんだな。続けるぞー」
「うー、これが好きって異世界人はどうなってるの……せめて四十……」
結局、四十回でダウンしたミリアと三セット目を終えた俺。
ミリアは荒い息を吐きながら床に座りこんでいる。心なしかこちらを見る目が恨みがましそうだが、俺に否はないだろ。
「アクセルー。どうやらクラスからスキル持ちが一人出たみたいだぞ」
そこにやってきたのはもう一人の幼馴染であるテオだ。
逆立てられた金髪を掻きながらやってきたテオは、うずくまるミリアをいぶかしげに見た後、並べられた椅子に腰かける。
『スキル』。
それは、魔術とはまた別の特殊な能力のことだ。
魔術のように誰もが扱えるものではなく、基本的にはスキルはその保有者にしか扱えない。
しかし、その分スキルには魔術よりも強力なものが多く、そのうえ使用時に魔力を必要としないという大きなメリットもある。
そんな皆が欲しがるスキルを手に入れるためには、『超越の存在』と呼ばれる悪魔や天使、古龍や聖剣や魔剣などの規格外の存在と『契約』するしかない。
けれど、普通に考えてそんな存在とは契約どころか出会うことすら難しく、たとえ運よく出会えても相手にされないし、下手したら死ぬよりもひどい目にあうので現実的な方法ではない。
良からぬ組織が悪魔を召喚して一夜で壊滅したとか、一攫千金を狙った冒険者が魔剣を手にして呪われたとか、いろいろ物騒な噂は聞くけど、俺はそんな目に合うのは絶対にごめんだ。
じゃあ、スキルを手に入れるなんて英雄譚の中の英雄でもないと無理なのかというと一つだけ例外がある。
それは、女神からのスキル授与だ。
稀なことだがこの世界の人間は十二歳を迎えると、女神と呼ばれる存在からスキルが授与されることがある。
そのため国は貴重な人材であるスキル保有者を少しでも多く確保することを狙い、十二歳を迎えた子供――主に学園に通う中等部の一年生――を対象に、スキル保有者がいないかを毎年一斉調査するのだ。
そして俺たちは現在、そのスキルの有無を鑑定してもらうための順番待ちをしているわけだ。
「へぇ~、じゃあそいつは高等部からは王都の名門行き確定か」
「そうなるな。うらやましいかぎりだ」
「ほんとにな。俺もこんな田舎じゃなくて王都に行きてー」
田舎とは言ったが、俺たちの故郷であるこの街もそこそこ繁栄はしている。でも王都と比べたら全然だ。
王都には全てがある。
国中からだけでなく他国からも才ある者たちが集い、それぞれの野心を燃やしながら競い合う。その争いは生半可なものではなく、苛烈を極める。
しかし、だからこそ争いを勝ち抜いた先で手にするものは莫大で、それを夢見て多くの者たちが王都を目指す。
ここでスキルを得られれば、王都の名門魔術学園に特待生で入学できる。
それは俺の夢である魔術界最高の称号――『魔王』を手にするために大きな助けとなるはずだ。
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