第4話 隔離された村


「はぁ……」


 俺は聞こえるように大きなため息をつく。


「監禁されて、四日目か……」



 ~ 前回までのあらすじ ~


 墓参りに行く途中、俺は事故に遭い、川に流されてしまう。

 かろうじて一命を取り留め、たどり着いたのは、地図にも描かれていないようなド田舎だった。

 そこで俺は、恐ろしい姉妹に拉致されることになる。

 金属バットで折檻する姉、薄笑いを浮かべながら狂犬に俺を襲わせた妹。

 この悪魔のような2人のせいで、俺は生死の境を彷徨った。



「ねえ、お姉ちゃん、確か物置にノコギリがあったよね」


 物騒なことを言う彩。


「かなり事実が含まれてると思うが」


「被害妄想って言うのよ、そういうの」


 この妹にこの姉あり、だ。


「この右肩の傷も妄想か?」


「ある意味」


「どーいう意味だ、オイ」


「まあまあ、細かいこと気にしちゃダメだよ」


「ハゲるわよ」


「……」


 相手にしても疲れるだけだ。

 俺は一刻も早く回復して、この村……いや、長峰家から脱出しなきゃならない。


 幸いにも右肩は軽傷で済んでいた。かなり出血したらしいが痛みは治まってきている。

 二人の看病?の甲斐もあって、なんとか歩けるまでになった。

 だけど、走るほどの元気はない。


 突然、頭痛と目眩が襲ってくることもある。

 まだ体調は万全とは言えない。

 あと二、三日の我慢だ。耐えろ俺。大人になれ俺。


「ねえ、桜居さん」


「なんだ?」


「桜居さんは、どこから来たの?」


「川から流れてきた」


「昔話みたいね」


「俺も質問がある。ここはどこだ?」


「長峰家」


「んなことは聞いてねぇ。近くに駅はないのか?」


「ないよ」


「四時間くらい歩けば、森里って名前の駅があるわ。確か」


 どうやら想像以上の田舎らしい。

 森里なんて駅名は聞いたこともない。


「……駅までのバスは?」


「バス? あたし、バスって見たことないんだよ……」


「……」


 ここは日本か?


「……お前らよく生きてられるな」


「えっ、どうして?」


「交通手段がなきゃ、どこにも遊びに行けないじゃないか」


「そんなことないよ」


「ゴーちゃんを散歩に連れていったり、シロを撫で回したり、お姉ちゃんとトランプやったり…」


 とりあえずコイツは無視。


「沙夜は学校に行ってるんだよな?」


「ええ。でも、神社の神主さんに勉強を教えてもらってるだけ」


「今のところ、あたしたちを含めて生徒は三人しかいないんだよね」


「……それは学校じゃねぇ。義務教育って知ってるか?」


「だけど、近くに学校がないもの」


 だったらいいのか?


「それに神主さんは元先生なんだよ」


 ド田舎じゃ、こんなことがまかり通っているのか?


「もういい。結局、俺はどうすればいいんだ?」


「どうするって?」


「身の振り方でしょ。ここでしばらくシロの世話係として働く?」


「お前、俺をなんだと思ってるんだ」


「ここにいれば、食べ物には困らないしね」


 そこだ。

 俺がこの家を出られない理由は。

 こんな土地勘もない村じゃ、うかつに動かないのが得策だ。

 財布は持ってるが、コンビニなんて絶対にないだろうし。民宿があるようにも思えない。


「……体力が回復するまでは世話になる。けど、その後は歩いてでも帰るからな」


「それは桜居さんの自由だよ」


「でも、もう動けるんだから、家事とか少しは彩の仕事を手伝ってあげてね」


「まあ仕方ないな」


 タダで三食・昼寝・寝床付きだ。

 文句は言えない。逆に何もないこんな村では、彩の手伝いはいい暇つぶしになるかもしれない。


「じゃあ、あたしの召使いってこと?」


「ある意味ね」


「どーいう意味だ、コラ」


「冗談なのに……」


「お前らの冗談は、良識の範囲を超えてる」


「そうかなぁ……」


「あなたが短気すぎなのよ」


「……ぐ」


 拳を握り締めて耐える俺。


「なにその拳は? まさか、女の子を殴るの?」


「女とは思わずに殴る」


「それが命の恩人に対する態度かしら」


「俺はきっとあの時、事故で死んだんだ。お前らのことは、死神かなにかだと勝手に解釈することにした」


 もちろん冗談だ。

 ずっと二人のペースに惑わされっぱなしだったからな。

 だが、


「……ねえ、桜居さん」


「なんだよ?」


「私たちがどうして……こんな所にカクリされているのか、わかる?」


 ……?

 隔離って言ったのか?


「こんな……人口が百人にも満たない村で、」


 沙夜の雰囲気が、さっきまでとは明らかに違う。うまくは説明できない。

 恨み、だろうか。


「私は、あなたたちが……憎いのよ」


「理由がわからないが」


「知りたい?」


 沙夜が一歩、俺に近づく。


「お姉ちゃん!!」


 彩が俺と姉の間に割って入る。

 そして、沙夜を抑えるように抱きつく。


「……ダメだよ。悪いのは桜居さんじゃないよ。あたしたちは……」


 彩は沙夜の耳元でなにかを囁く。


「……そうね」


 落ち着いた沙夜は、


「ごめんなさい、桜居さん」


「……別にいいけど」


 心なしか沙夜の顔色が悪い。


「……ごめんなさい」


 沙夜はもう一度謝ってきたが、それが俺に向かってのものなのかは判断できなかった。


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