PAY DAY【増量試し読み】

達間涼/MF文庫J編集部

プロローグ

 命を稼ぎなさい、と魔女は言った。

「俺達になにをさせるつもりだ」と尋ねた俺に対して、やつはそう答えた。それだけが貴方あなた達の救われる唯一の道よ、とも。……そんな馬鹿な話があるだろうか。

 あいにくと〝命〟とやらを稼いだことはない。十六年余りの人生で一度もだ。

 せいぜい短期のアルバイトで小銭を稼いだことがあるくらいで、それだって〝命〟などという不鮮明な代物ではなく、価値も使い道も確かな金銭だ。

「命を奪え」と言うならまだ理解も及ぶが、「命を稼ぐ」となると想像もつかない。

「難しく考える必要はないわ。ひとまずは十年でいい。私のために命を稼いで頂戴」

「十人の間違いだろ」

「命は平等ではないのよ。実際に自分の手で稼いでみれば、おのずと理解出来るようになるはずよ。頭ではなく、おなかでね」

 命は一人に一つずつ。無くしてしまったら死んでしまうのだから、何よりも大切にしなくてはならない。小学の頃、俺は道徳の授業でそう習った。あの時の教師の言葉がうそだとは思わないが、魔女の言葉には嘘とけられないしんじつがあった。

 とかく魔女は〝命〟を求めていた。だから俺もそれを求めざるを得なかった。

 魔女と契約を交わしたあの日、十六年で培った道徳観念はあっさりと崩れ去ったのだ。

 命を稼ぐ労働者となって約二ヵ月。魔女の言う通り、俺はすでに理解している。


 ──俺の命はあと、百六十八年と三十八日、七時間十六分五十九秒。


 五十八、五十七、五十六……。

 腹に蓄えた《命の時間クレジツト》は、数えたそばから一秒一秒こぼちて逝く。まぶたの裏に焼き付いたデジタルクロックは、刻一刻と死に向かっている。

 ヒトが命の実感を持てない理由は、その不確かさにこそあるだろう。姿形の無いモノに価値をいだすことは難しい。だからこそ魔女は、俺達に新たな価値観を植え付けた。

 いや、正確にはその存在ごと全くの別物に作り変えたと言っていい。

 飢えを耐えしのぐために狩りをする。ローンを返済するために日銭を稼ぐ。そんな動物的で俗物的な生き物に。

 あの日から俺は今を生きるためではなく、死なぬために息をするようになった。

 今日も俺は、命をつなぐために命を稼いでいる。

 だって俺は、──そういう『怪物』なのだから。

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