ステラ・マギアの亡霊

亜未田久志

第1話 ステラ・マギア


 星の一つ一つに物語がある。私はそれを束ねる者――


 ――またこの夢だ。


 さあ星の使者よ。我が呼び声に応えよ――


 ――だから俺は星の使者なんかじゃないって。


 目覚める時だ。魔聖が目覚める――


 ――魔聖って何なんだよ。いい加減に。


「してくれよっ!」


 そうして、俺こと神野コトハは目を覚ます。

 いつものパターン。ああ、まだ五時だ。眠い。しかし二度寝すればまたあの夢だ。いっそ悪夢のが楽だと言える。毎日見てる、同じ夢を。


「星、星、星、魔聖、魔聖、魔聖、頭からこびりついて離れねぇ!」


 苛々しながら学校へと向かう準備をする。ああ苛々する。

 どこかにぶつけてしまいたいこの怒り。しかし、八つ当たりはよくない。星の物語を束ねる者とやらに直接会って安眠妨害罪でぶん殴ってやるのが夢だ。寝て見る方じゃなく目標の方の。

 家を早めに出る、通学路、足を遅めに動かしながら進んでいる。そんな時、肩を叩かれる。


「よっす、相変わらず、ねむそーねー」

「お前もなんでこんな朝早くから学校向かってるわけ?」

「……朝練とか?」

「とか? って言ってる時点で朝練じゃねーだろ、アサヒ!」


 こいつの名前は村上アサヒ。近所に住んでる幼馴染。というか腐れ縁だ。さっさと別れたい。こいつには弱みを握られている……。


「またあの夢みたの?」

「……まぁな」

「へー、受信感度良好! ヨシッ!」

「何を見てよしと言ったんですかね」


 こいつに夢の話なんかするんじゃなかった。こいつの中じゃすっかり俺は電波キャラだ。正直、本気で苦労してるのにからかわれるのは嫌なモノだ。

 それを伝えても。


「ほうほう、で?」


 と返される。こいつのウザさが分かってもらえただろうか?

 分かってもらえたのなら感謝しかない。

 閑話休題。

 

 学校に辿り着く。まだ校門すら開いていない。そこに教師が来る。


「……だから、お前ら来るのが早すぎるんだよ」


 横尾先生。朝の門の鍵担当だ。見知った顔である。


「せんせー! コトハ君は今日も電波の感度が良好であります!」

「お前さぁ……」

「そうか、良かったなと……ほら入っていいぞ優等生ども

「あざっす」


 そう言って校門を潜る。私立獣帯じゅうたい高等学校、ぶっちゃけ底辺。知った事じゃないけど。なんか面接だけやたら厳しいらしいが、素行が良い生徒が集まってるとも思えない。俺含め。


「だーれもいなーい、いっちばんのりー!」

「子供か」


 はしゃぐアサヒはグラウンドを駆け回ってこちらへ戻って来る。


「異常ありません!」

「そっか」


 帰りたかった。

 時間は経って、授業が始まるチャイムが鳴る。それまで?

 教室で寝たふりしてました。誰が陰キャか。

 授業が始まれば退屈な一日がやっとスタートした気になる。気がするだけだ。

 そんなこんなで昼休み。

 俺は友達と飯を食う。


「んでさー、となりのクラスのさー」

「それ昨日も聞いた」

「マジ? じゃあじゃあ昨日のニュースでさ」

「ニュース? そんなの見るタイプだっけ?」

「うっせー、んでな? この町の近くに、黒ずくめの集団が現れたんだってよ、怖くね?」

「地方ローカルかよ」

「うっせー」


 この町、煌礼町こうれいちょう。いたって普通の町だ。そこに、なんだって? 黒ずくめの集団? ヤーさんとかだろうか。怖いな……。そう思ってると。昼休み終わりのチャイムが鳴る、短いものだ。


 そして残りの授業も終わり、下校時刻、安定して帰宅部の俺は帰路に着く。

 アサヒは居残りだ。ざまぁみろ。

 そんな訳で、俺は優雅な下校タイムを満喫していたのだが――


 キィーンキィーン。耳鳴りが止まない。

 なんだこれは、視界が揺らぐ、目の前に。


「黒づくめの……」


 ――集団。

 なんかこのままだと小さい名探偵になってしまいそう。意外と余裕あるな俺。しかし、そんなのも一瞬。白銀の風が吹きすさぶ。


「ステラ・マギアよ、いい加減目覚めなさい」

「あれ、耳鳴りが止んだ。って!?」


 目の前に居たのは騎士甲冑だった。白銀に染まったそれは。現実世界の背景、街並みと一致しない。浮いている。違和感。黒ずくめの集団もたじろぐ。よくよく見るとそれが黒いスーツの集団である事が分かった。なんだサラリーマンか? そんな事言ってる場合じゃない。いい加減、逃げないと。こんな異常事態、受け入れてたまるか。


「どこへ行こうというのです。敵は目の前だというのに」

「敵!? どこが!? ただのスーツの集団だろ!?」

「あれが? 本当に?」

「は? だってほら……」


 騎士甲冑に言われるまま、スーツの集団を見やる。そこに居たのは――


 ――獣とも人ともつかぬナニカ。


 獣人とでも言えばいいのか、二足歩行の狼がそこに居た。


「ウェアウルフ、早く出てきましたね、ステラ・マギアの顕現を待てませんでしたか?」

『そんな猶予は残されていない』


 人の声とは思えなかった。加工されているのかと思った。恐怖で足がすくむ。


「なんだよステラ・マギアとかウェアウルフとか! 俺には関係ないとこでやってくれよ!」

「そうはいきませんよステラ・マギア。貴方が選ばれたのです」

『さあ紡げ、星の物語を』

「ふざけ――」


 そこに、校門から出て来るアサヒの姿が目に入る。とぼとぼと肩を落として歩いている。巻き込む訳には行かない――

 その時だった。ウェアウルフの一体がアサヒに向かって瞬間移動し、攫ってしまう。姿を消すウェアウルフ。俺を誘っているのか?

 俺は覚悟を決めた。愛すべき腐れ縁、くそ喰らえ。


「どうすればいい? 幼馴染なんだ」

「助けたいのか?」

「ああ」

「ならば連れて行ってやる」


 騎士甲冑が俺を連れ去り、どこかの山中まで運び込んだ。一瞬だった。目の前に居るウェアウルフ達。


「……で、俺に何をしろって?」


 俺の恐怖心は臨界点を突破しメーターを振り切り、ぶっ壊れていた。ウェアウルフの下に倒れ込むアサヒを見て覚悟を固くする。


「星を束ねる者と契約を」

『紡げ、物語を』


 あの夢の続きだ。悪夢の続き。いいだろうやってやる。俺は地面にふて寝した。土の臭いがする。ええいままよ、寝てしまえ。


 ――夢の中。


「星には一つ一つ物語がある、私はそれを束ねる者」

「あんたと契約しろってさ、どうすりゃいい?」

「獅子座の使者よ、己が真名を思い出せ」

「確かに獅子座産まれだけど……真名? なんだろう、レオ、とか?」

「さあ行け、レオの使者」

「えっ、もう終わり? 軽くない? 軽くない?」


 俺は夢から覚める。なんだ今の。


「思い出しましたか? ステラ・マギア」

「レオ、らしい」

「当たり、ですね」


 騎士甲冑が拍手する。ガシャンガシャンうるさい。

 ウェアウルフ共も拍手する。

 そして。


『獅子座の使者、そいつを殺すのが我らが役目』

「その魔の手から守るのが私の役目、そして成長を促すのも私の役目、死ぬ寸前までは自分で戦いなさいステラ・マギア」

「は?」


 ウェアウルフ共が襲い掛かって来た。ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!?  俺は夢中で


「獅子の瞬き、研ぎ澄まされた牙、血にまみれた爪、黄金の鬣はどんな武器も通さない。全てはネメアの意思。英雄、現るその日まで、我が矛は全てを喰らい。我が盾は何にも貫かれない。星の座ゾディアック獅子無双レオウルト


 俺は獣と化す、獅子の冠を戴いた王になる。英雄に討たれるその日まで戦い続けるマシーンになる。ウェアウルフと対峙する。恐怖心など欠片も無かった。腕を一振り。それだけで一体、狩り取ったのだった。

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