イケメン同級生と結婚した幼馴染が目の前に

月之影心

イケメン同級生と結婚した幼馴染が目の前に

『そう言えば愛ちゃん帰って来てるんだって。』

「ふぅん。」


 ある日、実家に所用で電話をしていた時、電話の切り際にお袋がそんな事を言っていた。


 旧姓小浜こはま愛梨あいり

 向かいの家に住んでいた幼稚園から知っている幼馴染で、高校卒業の直前くらいまでは『友達以上恋人未満』のような付き合いをしていた仲良しさんだった。

 登下校が一緒なのは勿論、大量の宿題が出た日の晩や試験前は一緒に勉強もしたし、休みの日に2人で何処かへ出掛ける事も頻繁にあった。

 愛梨は束ねなければ背中半分隠れる程の黒髪に、切れ長の目と真っ直ぐ通った鼻筋にキリっと結ばれた口元と透き通るような真っ白な肌で日本人形のようだとよく言われていて、初対面だと冷たい印象を与える『クールビューティ』と呼べる容姿だった。

 実際は全然クールじゃなくて、おっちょこちょいな所もあるし、俺からすれば寧ろ『可愛らしい』と思える部分の方が多い印象だった。

 そんな愛梨に、俺は好意を寄せていて、また愛梨も俺の事を好きで居るだろうと余裕をかましていたある日……


大野おおの君とお付き合いする事になった。』


 ……と愛梨本人の口から聞かされ、両想いだと思っていた俺は、恥ずかしいやら悔しいやらで数日立ち直れない事があった。

 大野祐樹ゆうきは同学年の中でも容姿で言えば上位3本指には入るだろうイケメン君で、勉強もトップクラス、運動もそつなくこなし、クラス内でも学校の中でも割と人気のある男だった。

 かく言う俺も、大野とはそれなりに仲良くしていたし、人当りの良さや気さくな感じで好感を持っていたが、まさか愛梨を狙っていたなんて夢にも思わなかった。


 それから俺は愛梨とは距離を置くようになり、高校を卒業して地元を離れた大学へ進学する頃には完全に疎遠になっていた。

 大学時代にも一度も連絡は取らず、卒業して地元へ戻って来た時に『大野と愛梨が結婚した』と友人伝手に聞いただけだった。


「じゃあ親父にもよろしく言っといて。」

『はいはい。時間あるなら一度愛ちゃんと会ってみたら?』

「なんで?別に何も話なんか無いからいいよ。」

『あらまぁ。小さい頃はあんなに仲が良かったのに随分冷たいんだねぇ。』

「何年会って無いと思ってるんだよ。もう電話切るよ。」


 俺はスマホの通話ボタンを押して電話を切るとスマホを机の上に置き、パソコンに向いて置かれた椅子に体を預けた。


(今更小さい頃に仲の良かったってだけの幼馴染に会って何があると言うのか……しかも相手は既婚者だぞ……)


 そんな思いしか浮かばない。


 自己紹介が遅れた。

 俺は勝山かつやま大成たいせい

 大学を卒業して地元の小さな会社に就職し、今ではそれなりに仕事を任せられる役職も得た社会人14年目の36歳。

 良縁に恵まれず未だ独身だ。

 まぁここだけの話、愛梨の事が忘れられなかったというのが正直なところ。

 自分でも女々しい奴だとは思っている。

 それはさておき、実家から通えなくもない距離ではあるが、いくら独身とは言えさすがにこの歳で親の脛齧りというわけにもいかず、会社の近くのマンションで一人暮らしをしている。


 椅子に座って暫く天井を見上げていたが、先程のお袋との電話の事もあってか、頭に浮かんでくるのは愛梨の事ばかりだった。

 一緒に過ごした事、愛梨の笑顔……もう18年近く会っておらず、愛梨の事など思い出しもしなかった時間の方が多かったと言うのに、電話一本でここまで頭に浮かんでくるようになるとは、俺もまだまだ青いなと思う。

 その日は熱めのシャワーを浴びた後、缶ビールを1本あおってすぐにベッドに倒れ込んで朝まで眠った。




**********




 一度頭に浮かぶとなかなか振り払えないのは性格だ。

 街を歩いていて、雰囲気の似ている女性を見掛けるたびに愛梨じゃなかろうかと薄い期待が沸き起こってしまうのだが、そんな筈は無いと否定しながら勝手に落ち込むのは、最早病気じゃないだろうかと思ってしまう。


 そんな不安定な心持ちの状態で、俺は休日の街をぶらぶらと歩きながら仕事帰りに時々立ち寄る本屋へと入った。

 休日の昼間の本屋がどの程度の客足なのかは知らないが、各コーナーに1、2名程の客が雑誌や小説をパラパラとめくっては棚に戻すを繰り返していた。


(たまには小説でも読んでみるか……)


 と文庫本の並べられたコーナーへ入った時、長い本棚の前には休日だと言うのに学校の制服らしき姿の女子高生が立ち読みをしていた。


 その横顔を見た瞬間、俺の心拍数が一気に上がった。


(え?愛梨?)


 いや、いくら何でも若すぎる。

 それに俺と同い年でさすがに『女子高生コス』は無いだろう……と、有り得ない事に対して心臓が高鳴った事を恥ずかしく思い、コーナーの入口に積み上げられていた小説の新刊を手に取って中を覗いて気を鎮めようとしていた。


「お母さん、この本買って。」


 姿だけかと思えば声まで愛梨に似ている。

 が、他人の空似などいくらでもあるだろうと、俺は手に取った小説から目を離さないままで居た。


「お母さん、どうしたの?」


 何かあったのかと、本に目を向けている素振りで目線だけちらっと女子高生の方へ向けると、女子高生の目線はどうもこちらを向いているようだ。


(ん?何だ?)


 女子高生の視線が妙に気になった俺は、本から顔を上げて今度はハッキリとその女子高生の見ている視線の先へ振り返った。


(え?)


 そこには目を丸く開いて俺の方を凝視する女性が立っていた。


「大成くん?」


 間違える筈が無い。

 忘れる筈が無い。

 その声、その姿、その雰囲気……。


「愛……梨……?」


 俺がその名前を口にすると、女性の顔がぱぁっと明るい笑顔に変わった。


「やっぱり大成くんだ!久し振りだね!」

「お、おぉ……久し振り……」


 愛梨はその笑顔のまま俺に近付き、嘗て仲良く過ごしていた頃と同じように腕を絡ませてきた。


「お互い歳取ったけど大成くんはぱっと見てすぐ分かったよ!」

「そ、そうか……」


 以前と変わらず気安く話す愛梨とは逆に、俺は複雑な思いを払う事が出来ずにおどおどとしてしまっていた。


「誰?」


 俺の背後から昔の愛梨と似た声似た容姿の女子高生が此方に向かって声を掛けてくると、俺の腕を取っていた愛梨がその子に笑顔を見せながら答えだした。


「この人はおばあちゃんの家の向かいの家に住んでたお母さんの幼馴染の大成くん。」

「ふぅん。」


 訊いてはみたもののさして興味を持った風でも無く、その子は無表情のまま俺の顔を見ていた。


「あぁ大成くん。この子、私の娘の舞香まいか。私に似て美人でしょ?」


 愛梨の娘だと言うなら似ているのも当然だと思えて、ようやく頭の中が落ち着き始める。

 本人は冗談めかして言ったつもりだろうが、実際愛梨は若い頃から美人だったし、当然今も、よくある『美魔女』と言ってもいいくらいの美人なのだから、その愛梨に似ている娘が美人じゃないわけがない。


「舞香ちゃんか。勝山大成です。よろしく。」

「あ、はい……よろしく。」


 この子も見た目はクールビューティと呼ぶに相応しい容姿と印象を纏っているのだが、案外愛梨と同じく中身は可愛らしいのだろうか、と愛梨の面影を満載した舞香を笑顔で見ていた。


大成の母おばちゃんに聞いたよ。なかなか実家に帰って来ないんだって?たまには親孝行してあげないとダメだよ?」

「分かってるんだけどな。あまりに近いと逆に面倒で……」

「折角だから今晩実家に帰ったら?私もお邪魔するから一緒にご飯食べようよ。」

「え?あ、あぁ……けど……いいのかよ?」

「何が?」

「大n……旦那だよ。」

「あぁ……」


 旦那の名前を出しそうになって思わず引っ込めたが、先程まで明るかった愛梨の表情は一瞬で沈んでしまった。


「実は別れたのよ。」


 そう言った愛梨の顔は、哀しさと言うか寂しさと言うか、無理に作ったような笑顔が痛々しかった。

 俺はそんな愛梨を直視出来ず、つい視線を外していた。

 視界の片隅に映る愛梨の肩は小さく震えていた。

 つい、愛梨の方へ手が伸びそうになったのを、愛梨の隣にすっと入ってきて肩を抱いた舞香に押し留められる形になった。


「お母さん、行こ。勝山さん、また改めて。」

「あ、あぁ……また……」


 愛梨母娘は俺に小さく会釈をして俺の前から去って行った。

 しっかりした娘さんだと思う一方、ただ離婚しただけでは無い空気が俺の頭を更に重たくさせていた。

 俺は結局何も買う事無く、重い足取りで帰宅する事にした。




**********




 マンションに着いた俺は、暫くベッドに寝転がって天井を眺めながら、さっきの愛梨の事を思い出していた。

 離婚した事はあっさり教えてくれたが、その後の態度がどうも引っ掛かって仕方がない。

 あの急変した表情はどういう意味だったのだろうか。

 だが気になったところで、そもそも愛梨だけでなく高校卒業以降で繋がりのある友人知人が極端に減った俺に調べる術などあるとは思えず、これもまた悶々とした思いを抱えるしか無いような気がする。


 大きな溜息を吐いて目を閉じていると、机の上に置いたスマホがマナーモードで振動しているのに気付いた。

 ベッドから手を伸ばしてスマホを取り画面を見ると、アドレス帳には登録されていない番号だったようで、電話番号だけが表示されていた。

 基本的にアドレス帳に入っていない電話は出ない事にしているので、そのまま留守番電話に切り替わるまで放置していた。

 数秒後、スマホの振動が納まるのを待って手に取り、留守番電話への録音を確認すると8秒程のメッセージが録音されているようだった。

 俺は再生アイコンをタップしてスピーカーに耳を当てた。


『愛梨です。さっきは会えて嬉しかったです。少し話がしたいので手が空いたらお電話下さい。』


 そう言えば、俺はスマホに切り替えた時に身内以外の番号は引き継がず、それでいて番号は初めて携帯電話を持った時から変えていなかったので、愛梨には最初に教えたままの番号が残っていたのかと、20年近く経っているのに俺の番号を残していた事を嬉しく思った。

 俺はすぐに掛かってきた無名の電話番号に折り返し掛けた。


「もしもし。」

『あ、大成くん?折り返しありがとう。』

「構わないよ。どうしたんだ急に?」

『あぁ、大した事じゃないの。さっきあんまり話せなかったし久し振りだったから色々話がしたかっただけ。』

「そうか。」


 俺がそう言うと、そこから少しの間沈黙が続いた。

 そりゃあ18年以上会ってもいなければ話もしていなかったのだから、共通の話題を思い出すのも大変な事だ。

 それに加えて、18年前を思い出すのは俺にとっては辛い思い出しか無いのであまり振り返りたくは無いというのもあって、自然と口も重たくなっていた。

 ぽつぽつとお互い遠慮がちに話してはいたが、俺の頭の中には先程の愛梨の表情が浮かんで来ていた。


「そう言えば旦那と別れたとか言ってたな……」

『あ……うん……』

「訊かない方がいいなら流してくれていいけど……」


 明らかに電話の向こうのテンションは下がっていた。


『ううん……実は祐樹くん……亡くなったのよ……』

「え……」


 同級生で且つそれなりに仲良くしていた大野が亡くなったと聞き、俺はかなり動揺した。

 また、比較的仲の良かった面々と疎遠になる事で、そういった大事を知る機会も一緒に失っていた事をどうしようも無く情けなく思った。


「亡くなった……って……?」

『うん……この前1周忌が終わったところなの。』

「なんでまた……?」

『癌よ。発見した時にはもう手遅れだって言われて……それから3ヶ月で逝っちゃったわ……』

「そうか……」


 自分が動揺していたのもあったけど、少し愛梨の声が震えているように聞こえたのでこれ以上深掘りするのは止めた。


『それで向こう大野家の方からね……まだ若いんだから籍を抜いて人生やり直せ……って言われて……それで娘と一緒に実家に戻って来たってわけ。』


 最後は本屋で会った時のように無理矢理明るく振る舞っているように感じたが、愛梨が弱い所を見せたくないという意向なのであれば、気付かない振りをしてやるのが気遣いだと思い、俺の方も多少無理をしてテンションを上げ気味にした。


「そうだったのか。お袋が愛梨が帰って来てるって言ってたから、てっきり久々の帰省かと思ってたよ。」

『まぁ現実問題として、いつまでも引き摺ってるわけにもいかないし、女手一つで子供育てるって簡単じゃないし。立っていたら親でも使えじゃないけど、甘えられる内は甘えようかと思ってね。』

「強いんだな……」

『え?何?』

「いや、何でもない。」

『そう?あぁそれから、実家に帰ったら大成くんも近くに居るし……親だけじゃなく大成くんにも甘えやすくなりそうだからね。』


 昔仲良くしていた頃と変わらない口調で言われたせいか多少気持ちが揺れてしまったが、気取られぬよう無言で居た。


『大成くんは実家に戻らないの?』

「え?あぁ、今更って感じだしな。俺には気楽な一人暮らしが向いてるんだよ。」

『大成くんらしいと言えばらしいけど、ちゃんと食べてる?少し痩せてた気がしたよ?』

「時々自炊もしてるし大丈夫だよ。」

『えぇ?大成くんが自炊?』

「何かおかしいか?」

『昔の事を思えば、とても自炊するようには思えないから。』


 確かに学生時代は上げ膳据え膳で、服も脱ぎっぱなしなんて普通だった事を思えば随分変わったと言えなくも無い。


「一人暮らしすれば自然とそうなるさ。」

『へぇ~。じゃあ今度何かご馳走してよ。』

「あぁ構わないよ。味に文句言わないと約束してくれるならいつでも。」

『なら、明日から舞香が部活の合宿で居ないから明日行こうかしら。』

「また急な話だな。別にいいけど。」

『分かった。じゃあ明日お邪魔するね。』


 それから俺は愛梨にマンションの場所を伝え、少し世間話をしてから電話を切った。

 またこうして愛梨と昔のように話をするとは思っていなかった俺は、少し浮かれていたのかもしれない。

 その日の晩は、何だか寝付けない夜になった。




**********




「ごちそうさま。」

「お粗末でした。」


 翌日、豪勢では無いが少し張り込んだ材料と得意料理のパスタで愛梨をもてなしていた。


「思ってた以上に美味しかったよ。」

「そりゃどうも。」


 満足そうな顔をする愛梨はやはり美人で、昔から変わっていないなと思った。

 俺はそんな愛梨の表情をチラチラと見ながら食器をトレーに乗せてテーブルの上を片付けていた。


「でもまたこうして大成くんと色々話が出来るとは思わなかったなぁ。」


 トレーをキッチンに持って行って戻って来ると、愛梨がそう口にした。

 こんな状況になるのも愛梨が大野と死別したからであって、素直に喜べないというのが現実だ。


「改めて言う事でも無いんだけど、俺に手伝える事があれば何でも言ってくれていいからな。」


 愛梨は俺の方へゆっくり顔を向けて柔らかい笑顔を見せた。


「ありがとう。こうして話し相手になってくれれば十分よ。」

「話し相手なら舞香ちゃんでも愛梨の母おばさんでも出来るだろう。」

「それはそれ、大成くんとじゃなきゃ出来ない話もあるでしょ?」

「あるのか?」

「分からないけど……あるかもしれないじゃない。」

「何だそれ。」


 久し振りに会って最初はぎこちなかった口調も、次第に昔の雰囲気が戻って来たように感じた。


 テーブルの上には飲み掛けのワインとチーズなどのつまみが置かれ、時折ワイングラスに口を付け、つまみを取り、他愛の無い昔話を楽しんでいたが、ふと時計を見ると9時を少し回った時間になっていた。


「おっと……そろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」

「ん?あぁ……」


 若干眠たそうな顔をした愛梨も時計を見たが、すぐ帰らなきゃ……という雰囲気ではなかった。

 俺はキッチンへ行ってコップに水を入れて愛梨に持って行った。


「飲むか?」

「んぁ……ありがとう……」


 愛梨はコップを受け取り一口喉に流し込むと、再びソファに体を預けていた。


「飲み過ぎって程飲んで無いだろうけど……大丈夫か?」

「ん……大丈夫……だけどもうちょっと……」

「俺は別に構わないけど……家が心配しないか?」


 それに対しては何も答えず、ただソファの上にぐたっとなっていた。

 俺は愛梨の頭側に腰を下ろし、目を閉じている愛梨の顔を眺めつつ、昔から変わらない艶々の黒髪を無意識の内に撫でていた。


(いかんいかん……)


 つい昔のノリで気安く愛梨の頭を撫でてしまっている事に気付き、すっと手を愛梨の頭から離した。


 と、愛梨がもぞもぞ動いたかと思ったら、俺の腰に腕を巻き付けて抱き付いて来た。


「あ、愛梨……?」


 愛梨は俺の腰に顔を埋め、『ん~』と唸るような声を上げていたが、居心地悪そうに体を揺すりながら、俺の腰に更に深く抱き付いて来ていた。

 俺は小さく溜息を吐いて、巻き付いた愛梨の腕を圧迫しないよう少し腰を浮かせたままソファにもたれ掛かった。


 5分くらいだろうか……ちょっと腰が厳しくなってきたのもあるし、このままだと愛梨が本当に寝付いてしまいそうだったので、起こして家へ帰そうと体を動かした時だった。

 さっきまで俺の腰に抱き付いていた腕がきゅっと締められ、顔を埋めていた愛梨が横顔を見せた。


(涙……?)


 愛梨の閉じられた瞼が微かに震えていて、切れ長の目から伸びる長い睫毛は明らかに濡れていた。


 そして愛梨の唇が小さく動いた……。








「祐樹……くん……」








 声にならない、口から吐息が漏れる程度だったが、愛梨の口から零れたのは、亡くなった旦那の名前だった。

 俺は、一気に酔いが醒め、耳鳴りがする程体が緊張する感覚を覚えた。


(引き摺ってるじゃないか……)


 強がりを見せていた愛梨だが、一度愛した相手をそう簡単に忘れられる筈など無いと分かっていたのに……俺は無性に悲しく、そして情けなくなった。

 俺と大野旦那では愛梨の向ける感情が全く違うという現実と、それを分かっていながらいつまでも愛梨の事を忘れられずにいた自分に。




 俺はすっかり眠ってしまった愛梨から何とか腕を解いて体を離すと、起こさないように愛梨を抱き抱え、普段自分の寝ているベッドへ運んで下ろした。

 布団を掛け、部屋の電気を消してリビングに戻る。


 俺はグラスに残ったワインを飲み干しソファに横になると、悲しさと情けなさを洗い流すように涙を流しながら、声を押し殺して、泣いた。

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