第27話 対敵~ボロス医術治療学校①~

 魔物の顔が出現した場所の近くまで駆け寄ると、四人は魔物を囲むように配置を変える。ゆっくりと──おそらくこの学校に巣食うボスであろう魔物が、その姿を現す。

 強大な魔力を放ちながら浮かび上がってくるその姿は、少年のように見える。

 頭部には大きな二つの角、足首をゆうに超える長い黒髪、ギラギラと不気味に光る黄金の目、血が通っているのかと思うほど青白い皮膚には、全身に何かのまじないのような文様が浮かび上がっている。

 宙に浮いた身体には、巻き付けただけの黒い布がゆらゆらと揺れ、青白い肌とのコントラストがより不気味さを演出していた。


『人質を全て回収し、ホッとしているのか? そんなものはお前たちを倒した後で再度回収すれば良い。わざと逃がしたのだからな』


「ヘッ! やっすい挑発だな! 本当は腹の中、煮えくりかえってるんじゃねーの?」


「ボクたちの事、ちょっと見くびり過ぎだよ? キミ!」


 柴とダコタがしなくてもいい挑発をする。戦闘狂の二人は、既に戦いたい欲求で満たされているようだ。今すぐにでも飛び掛かってやろうと身構えている。


『好きなだけ吠えるがいい。我が名はドルストン。我が魔の眷属を取り込んだこの力を思い知るがいい!』


 ドルストンと名乗った魔物は、今まで圧縮されていた魔力を解放するかのように両手を広げ、一気に力を周囲に叩きつけるように放った。

 校舎の窓はビリビリと音を立てて震え、衝撃波を浴びた順に割れていく。

 ヴルム・蒼河・柴・ダコタの四人は、衝撃波で飛び散る砂埃を避けるように腕で顔をガードをする。学校全体に結界が張られているせいなのか、砂埃は結界の一番外側の部分で舞い上がり、それ以上は進まない。

 ヒスイとゼフは、視界を奪う形で砂が舞っている様子を、結界の外からただ茫然と見ていた。


ヒュッ!


 空を斬る音と共にドルストンの髪が四人を襲った。それを華麗に避けると、柴は拳を振り風圧で砂埃を晴らす。


「魔法を使わなくったって、これくらい出来んだぜ!」


「いいね、それカッコイイ! 真似しちゃお…っと!」


 ダコタはそう言うと、後ろ蹴りの要領で風を起こし自分の周りの砂埃を文字通り蹴散らす。蒼河とヴルムはそんな二人を横目に、涼しい顔で自分の周囲に噴霧防壁ミストを展開し、砂埃が自分まで届かないようにしていた。


「くう、蒼河クンはいっぱい魔法持ってるね~、羨ましい。これ終わったらその魔法教えてね!」


 自分の持っていない魔法を目ざとく見つけ、ダコタは戦闘中というのにちゃっかりおねだりをする。蒼河はもう少しダコタは戦闘に集中した方が良いと思いながら「ぅう…ん?」と、普段なら絶対に言わない曖昧な返事をした。


 土埃がまだ消えきらないうちに、柴が仕掛ける。ドルストンに突っ込んで高く跳躍すると、思いっきり鉄拳を叩きこむ。


バチィ!!


 敵に届く間もなく、拳は弾かれてしまった。相手も防御壁ガードを展開しているようだ。


「クソ、届かない! 力押しだけじゃダメか」


 地上へ着地し、柴が吠える。まずはあの防御を何とか破らなければ攻撃が届かない。間髪入れずに、ヴルムと蒼河が氷槍魔法アイススピアを展開し攻撃する。水系派生魔法であればほぼ操れるヴルムと魔法のスペシャリストである蒼河の連携攻撃はすさまじく、何度も出現しては撃ち込まれる氷の槍が連鎖する様は圧巻だった。

 敵が見えなくなるほどの水蒸気が辺りを包み、柴もダコタも息を飲んで水蒸気が晴れるのを待った。


 霧が晴れると、そこには先ほどの少年の姿はなく一匹の獣の姿があった。


合成生物キメラ…?」


 蒼河が思わず呟く。

 獣の姿は顔は熊、頭には山羊の角、背には鷹の翼、胴体は獅子、そして馬の尾を合成したものだった。趣味が良いとは思えないその怪物は、咆哮すると近くにいる柴やダコタには目もくれず、後方支援をしていた蒼河とヴルムに向かって突進した。

 肉食獣の四肢は大地を蹴り、一瞬で目標にたどり着く。凶暴な牙がヴルムを襲う……と思ったが、ヴルムは液体となりその場から消える。

 四人の中で一番見た目がか弱そうなヴルムを狙ったのだろうが、ドルストンの誤算は四人の中で一番強い竜種のヴルムを狙ってしまったところにあった。

 力が本調子ではないことを差し引いても、この合成生物キメラがこの世界で頂点に君臨していた竜に勝てるわけがなかった。液体となったヴルムはドルストンの真下となる腹から姿を現し、そのまま自身が鋭い水流となり胴体を貫いた。


『ギャア!』


 悲鳴を上げてドルストンはその場に倒れ込んだ。その場にはあっという間に黒い血だまりが出来たが、すぐにその血は逆再生のように持ち主の元へと戻る。負った傷を修復させると、ドルストンはよろよろと立ち上がった。かなりダメージを与えることができたように見える。


『この程度で、倒れると思ったか』


「いや、倒れただろ」


「うん、倒れた」


 柴とダコタがツッコミを入れているが、発言者本人には届いていない。ヴルムの強さを見誤ったドルストンは、今度は蒼河にターゲットを変えるとそのまま突進していく。


「そうはさせない! ボクたちの事も見てよ……ネッ!!」


 ダコタは蒼河に向かうドルストンに向かって跳躍すると、鋭い爪で翼の付け根あたりを狙う。ダコタの爪からは衝撃波が飛んだが、少し翼にかすり羽根が数枚落ちただけで回避されてしまった。


「ん~、簡単には攻撃が届かないか。じゃあ、これならどうかな?」


 ダコタは猛ラッシュで衝撃波を飛ばす。そこに柴も参戦し、ドルストンの尾を掴むと自分の方へ一気に引っ張る。体勢を崩したドルストンは蒼河の元まで今一歩届かず、襲おうと開けた口は空を噛んだ。


『離せ!』


 ドルストンが尾を振ると、柴が尾を掴んだまま振り回される。そのまま尾の毛がシュルシュルと伸び、柴を巻き付けて首を絞め上げる。ダコタは斬撃を打つ箇所を羽根から尾に切り替え柴を救出しようと試みるが、尾はどうにも固く斬れない。

 蒼河はヴルムに目くばせをしながら、動きを封じるための魔法を展開している。


光拘束魔法ライトチェイン


 蒼河が拘束魔法をかけ、まずはドルストンの動きを封じた。だが、封じたのは本体の動きだけで尾の拘束までは出来ていない。じわじわと首を絞められる柴からはうめき声が聞こえる。


「柴、その演技はもうせずとも良いのではないか?」


 冷静な声とともに、ヴルムの魔法により尾が切断され、柴が地面に着地する。


「うーん、これからは演技の勉強もしなきゃダメか。」


「えー、上手だったよー?」


「サンキュ! お前の演技もなかなかだったぜ!」


 ダコタと柴は拘束魔法展開のための囮が上手く行き、満足そうにお互いを褒め合っている。本来ならそんな余裕など持てない相手であるにも関わらず、余裕でいられるのにはヴルムの存在が大きい。

 一緒に戦うことでより感じる竜種の規格外な強さ。そしてその強さに気が付けないことこそが、ドルストンが大したことの無い格下の相手だと言うことを示していた。

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