第26話 突入

 翌日、ヴルム・蒼河・柴・ダコタの四人はボロス医術治療学校までやってきた。

 動きが抑制されないように、それぞれ手のひらに納まる小瓶に入った小さな回復用の丸薬を数十粒持っているだけの身軽な姿だ。


 実はゼフにはかなり薬学の知識があり、回復薬といえば液体という概念しかないこの世界で、丸薬にする技術を確立させていた。

 しかも、ただの丸薬ではない。

 表面の固い部分は体液に触れた瞬間に壊れ、中に入っている濃縮された液体状の回復薬がすぐに身体に吸収される仕組みだ。口に入れるか、外傷の場合は患部にねじ込むだけで効果を発揮する。

 水やその他の液体には反応せず、体液のみに反応する。

 こんな高度なことができる技術など蒼河も聞いたことが無く、正に医療研究者が集うボロスだからこそできる技術なのだろう。

 驚くことに、これでもまだ完成品ではないのだそうだ。


 丸薬は体力・傷・魔力を一気に回復させる万能薬とのことなので、ボス戦までは使わない。序盤はそれぞれ体力を削られないよう・魔法を使い過ぎないよう気を付けながら戦う。

 念のため一般的な液体状の回復薬をひとり一つ携帯しているが、こちらの人数が少ないのもあり、なるべく早く黒幕を引きずり出さなくてはならない。


 昨夜立てた作戦はこうだ。


 まず、ヴルムと柴が校庭で騒ぎを起こし、その隙にダコタと蒼河が建物に潜入してボスを探す。

 侵入者排除のために恐らく現れるであろう操られた人たちを、ヴルムと柴が回収し安全な場所へと運ぶ。

 ミノイを奪った時、違和感があったのはボロス医術治療学校の敷地内だけだったことから、敷地内から外へ出してしまえば、操られないはずである。


 学校外に出された人の保護はゼフとヒスイが行うが、その部分は最後までモメた。

 ヒスイはまだ病み上がりなので、その場の全員が診療所で待っていて欲しいと思っていた。しかし、ゼフが診療所を空けるとヒスイはひとりになってしまい、その場を狙われることが無いとも限らない。

 なるべく守れる範囲に居るほうが安全だということ、人手が足りていないこと、ヒスイがせめて何かを手伝いたいと強く思っていることを考慮して、無理をしないことを約束し今の配置となった。

 本来は経験的にも能力的にも、蒼河よりヴルムが校内に入る方が魔族を探るには効率良かったが、その配置にならなかったのは、ヴルムが出来るだけヒスイの近くで防御を固めると言って聞かなかったからだ。


「では、作戦通り行きますか!」


 柴とダコタが一気にボロス医術治療学校内に突撃する。

 その後をヴルムと蒼河が追いかける。

 何が起こるか分からない状況だが、ヒスイは四人が走り去る姿に無事を祈るしかなかった。


ドカン!


 静寂を破ったのは、柴の一撃だった。地面にクレーターが出来るほどの穴が開いている。


「出て来い! この前のリベンジマッチだ!」


 大声で威嚇すると、わらわらとどこからか人が集まってくる。

 昼間だからか魔族の姿は少ない。


選別魔法ソート


 ダコタが選別魔法ソートをかけると、魔族だけが淡いピンク色の光を帯びる。

 光っていない人物を狙い、柴が軽く当て身をしていく。ヴルムが当て身で倒れた人たちを触手のように伸ばした水の帯で回収し、次々に門外へと運び出す。

 ヴルムは戦闘が始まると同時に、水の塊で蒼河とダコタのダミーを作る。ダミーの完成を待ち、入れ替わるように蒼河とダコタは気配を消し建物に潜入していった。


想像していた以上に魔族の数が少ない。


 ヴルムは淡々と役目をこなしながら、冷静にその場を分析していた。

 目論見通り、敷地内より放り出した人は意識が混濁したままで起き上がってこない。作戦としては間違っていなかったが、しかし数が多すぎる。

 ゼフとヒスイが台車に乗せて、安全な場所まで運ぶことが果たしてできるのだろうか。

 結界が張られているので、出入口となる門からしか出すことができないのだが、人が積みあがって行かないところを見ると、しっかり運べているようだ。

 ゼフは、人や物を沢山運ぶことができる輸送スキルを持っていると言っていたので、上手く運べているのだろう。

 ヒスイは旅人のローブを着ることで気配を薄めているが、ヴルムは存在を感じることができている。

 序盤は計画通り進んでいる。


あとは、黒幕である魔物のボスを上手く探せるかだ。


 校庭の混乱を横目に、蒼河とダコタは難なく校舎に足を踏み入れることができた。


「本当にヴルムさんって凄いね~! 気配まで似せるダミーを作れるなんて、竜種ってスゴいなぁ!」


 校舎の中から外の戦闘を見て、ダコタが感心する。

 そんなダコタも、自分の気配を変えるアイテムを…恐らく自作しているのだから「どっちが……」と蒼河は一瞬半眼になる。


「ダコタさん、外はあの二人に任せて大丈夫です。それより、気配は地下の方から来ているように感じるのですが……」


「うん、地下は二階まであるんだけど、いつもそれより下から気配が来ているような感じがするんだ。案内するね!」


 付いてきて!と蒼河に向かってアクションすると、ダコタは足音も立てずに移動する。

 蒼河は突入の際、念のため自分たちに気配消去イレースをかけていたが、柴がダコタは達人級の身のこなしだと言っていたことを思い出し、なるほどと納得しながら後に続く。

 地下二階まで下り、様子を伺う。

 不気味な気配がひとつある以外に魔物の気配はない。

 ダコタは先日の戦闘の魔物の数を思い出し、外に出ている魔物と数が合わないことに首をひねる。あれだけの数の魔物は一体どこに消えたのだろう?戦力として温存しているはずなのに、気配すらない。


「蒼河クン、なんかおかしいんだよね。ボクの読みと違う。ここに居るのは親玉ヤツじゃない」


「私もそう思います。おそらくフェイクでしょう。不気味ではありますが、この気配はボスクラスの魔物のそれではありません」


「それに、いつも感じてる更に深い場所からの気配が感じられない。一応確認だけしておく?」


「はい、念のため」


 不気味な気配が漏れる部屋の扉をそっと開ける。

 中の様子を探るが気配は薄い。足元を見るとそこには魔物の死骸が落ちている。


「げっ!気持ち悪っ!」


 思わずダコタが悲鳴を上げる。

 それと同時に蒼河が扉を開けると、そこには数多くの魔物のむくろがそこかしこに散乱していた。

 魔物の数が足りないと思ったのはこれで納得する。同族を食料にでもしたのだろうか?ねばついた糸がそこらに張り付いていて、残り香のような気配はあるものの、肝心の本体は見当たらない。


「一旦、上に戻りましょう。嫌な予感がします」


 蒼河が言うか言わないか。ものすごい速さでダコタが走り出す。蒼河も空を飛び一気に地上まで上昇する。

 二人が地上に戻ると、そこには先ほどの気配と同じ……いや、それ以上に強大な力の塊を感じる。

 慌ててヴルムと柴の元へ駆け寄ると、丁度地面から魔物が顔を出しているところだった。

 雑魚の魔物はある程度片付いてはいたが、まだ殲滅はできていないようだ。ダコタはこの場に立っている全員をざっと見渡したが、捉えられていた村人は見当たらない。ヴルムと柴は計画通りに救出を最優先にしてくれたようだ。

 ホッとしたダコタは、気合いを入れ直す。


「ヴルムさん、柴クン、村人や研究員を先に救出してくれたんだね、ありがとう! おかげで気兼ねなく思いっきり暴れられる!」


「いや、我らは作戦通り動いたまでだ。礼には及ばん。」


「そうそう、気にしないでくれ! それよりも、スゲーの叩き起こしちまったな!?」


「大丈夫、私たち四人が力を合わせればこの程度の敵、問題ありません!」


 蒼河が防御力と攻撃力を上げるブースト魔法を全員にかける。

 みなぎるパワーに柴とダコタはお互い顔を見合わせて頷くと、口元を緩ませる。


これなら、いける!!!


 全貌を表した魔物の影からは、魔物がうぞうぞと湧いてきている。とにかくこれを倒すほか解決方法は、ない。


 四人は魔物に向かって一気に走り出した。

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