第22話 ボロスの村
トンネルを抜けると、植生が変わり見たこともない大樹が生い茂る緑美しい景色が広がっていた。
この景色を見たら大喜びするであろうヒスイは、ヴルムの腕の中で苦しそうに息を荒げている。蒼河も柴も見たことの無い症状だ。とにかくどこか休めるところを探すが、岩山にそのような場所は見当たらない。
たまたま行き会った旅人に近くの街でも村でもいいので教えてほしいと聞くと、トラントラの麓から南東へ行くとボロスという村があると教えてもらった。
「本当はボロスよりもキートの方が街も大きいんだが、その状態じゃ近いボロスを選んだほうが良いと思うねぇ。あんたらの連れを見るに急いだほうがいいだろうしな」
キートは二つ目にヒスイが寄る候補に挙げていた街だ。
しかし、少し遠い。
本気を出しても一日はかかる距離だ。ヒスイの状態からしても旅人のアドバイス通り、まだ近いボロスの村へ行く方が良いだろう。
三人は、ヒスイになるべく負担がかからないように急いで岩山から降りる。
とは言っても、蒼河とヴルムは飛翔ができるため空を飛び降下していく。柴は岩山伝いに突起を見つけながら上手く自然落下に身を任せ飛び降りていく。
「ヒスイ、大丈夫か?」
ヴルムはヒスイに声をかけるが、苦しそうなヒスイの顔色は悪くなる一方だ。
「急がねば。その村はどのあたりにあるのだ。私が知らない間に出来た街・村については分からぬ」
数百年も経てば大陸の様子が変わるのは当たり前だろう。ヴルムは地図を見てもピンと来ないと言う顔をする。
「確か、ボロスは医術学校があったと思います。そのため少し閉鎖的だと聞いたことが……あ、ヴルム様こちらです」
蒼河は知識で知っている程度だが、コンパスと地図を見ながら先導を買って出る。
そんな二人の後を、柴は大樹がうっそうと茂る森の中を迷いなくついていく。空を飛んでいても匂いさえ辿ることが出来れば見失うことはない。
とにかく出来る限りの速さでボロスの村までたどり着いた。
霧に囲まれたボロスの村からは人の気配がほとんどせず薄気味悪い。あまり近寄りたくない雰囲気を醸し出している。
しかし、そうも言っていられないので村に入り、診療所のマークが掲げられた家の扉をたたく。
「急病人です!! どなたか診ていただけませんか?」
ドンドンと扉を叩くが返事がない。家の中からは人の気配はするのだが、扉は硬く閉じられたままだ。
「お願いします。せめてベッドを貸していただけないでしょうか!」
蒼河がいくら条件を変えても人が出てくる様子はない。根気よく扉をノックし緊急事態を告げるも返事はない。よそ者にはかかわりたくないのだろうか。
業を煮やした柴が蒼河を制し、扉を破ろうと気合いを入れはじめたところで扉が開いた。
「旅のお方、申し訳ないが扉を壊すのはやめていただけんか。ベッドをお貸ししよう。どうぞ、中へ」
「早く入れてくれりゃいいのに…」
ブツブツと文句を言う柴の方をぽんと叩き、とにかく扉を開けてくれたのだからと蒼河がなだめる。
ヒスイはヴルムの回復魔法をかけ続けているにも関わらず、かなり衰弱しているように見える。ベッドにヒスイを運ぶと、ヴルムも苦しそうにその場に膝をついた。洞窟からここまで、万全でない状態でずっと回復魔法をかけ続けていたのだから、疲労が蓄積されているのだ。
もう一台ベッドを借りてヴルムを寝かせると、今度は蒼河が回復魔法をかける。しかし回復の兆候は一向に見えてこない。
その様子を見ていた、診療所の年老いたスタッフが声をかけてくる。
「そのように回復魔法ばかりでは治るものも治らんよ。その症状は魔法で何とかなるものではない」
「ですが、これ以外の方法は私たちにはわからないのです。状態回復も効かない以上、体力を回復させるしか方法が……」
蒼河は祈るようにヒスイの手を取り、回復魔法をかけ続ける。
老齢のスタッフは困ったなと言う顔をしながら、蒼河の手を取りヒスイから引きはがした。小走りで若い女性スタッフが水と桶を持ってくると、水で濡らしたタオルをヒスイの頭に乗せ、ヒスイの服を脱がせ始めた。
「ほらほら、男どもはここから立ち去る」
老齢のスタッフが仕切りであるカーテンを引き、その場から男性陣は追い出されてしまった。
「病人はまず清潔を保たんとな。ほら、こちらのテーブルに座りなされ」
ダイニングテーブルのような大きなテーブルに座ると、疲労を回復するお茶というものを振舞われる。お茶からは何種類ものハーブがブレンドされたいい香りが立ち上っている。
老齢のスタッフもそのお茶をすすり、蒼河と柴に向かって話し始めた。
「悪かったの、すぐに扉を開けてやれずで。というのも、ここのところ様子がおかしくてな。若い衆は【ボロス医術治療学校】の方に出向させられて、この街には年寄りと女子供しかおらん。うちにいるスタッフも若い男は全部取られた。……まあ、例外も一人おるんじゃが」
ズズっと一口お茶を飲むと、老齢のスタッフは続ける。
「ワシの名前はゼフだ。女の子の治療に当たっているのがダコタと言う。あの女の子の衰弱ぶりは異常じゃ。何があった?」
この老人がどこまで信用できるのか分からないが、ざっくりとあらましを伝える。
トラントラの洞窟で魔物に襲われたこと、ヒスイが黒い手のようなものに巻き付かれ力を使ってからあのような症状になったこと。ヴルムの居ない場で竜族であることは伝えていいかわからず、そこは伏せたままにした。
ふむ、とゼフはしばらく考え込んだあと古い書物を持ち出してきた。
「ワシが医術を志したころに読んで心を奪われた書物なんじゃが……ほれ、ここを見ろ。竜族の項目に似たような症状が載っておる」
ゼフが指し示した場所には、こう書かれていた。
“黒の毒手:少し触っただけでは効果を発揮しないが、長時間触れられると体内に毒素が侵入し侵される。黒の毒は通常の薬草や魔法では治癒させることができない。薬草「ミノイ」のみがその効果を発揮する。”
「この、ミノイという薬草はどこに!!?」
蒼河が項目を読み終えると同時にゼフに尋ねる。これがあれば、ヒスイを治すことが出来る。
しかし、ゼフは顔を左右に振ると残念そうに話した。
「ミノイはここから南東に進んだフィンダー山に自生しておるが、途中で強力な魔物が出るんじゃよ。もう、ここから南東には行くことが出来ん状態じゃ。すまんの。
医術学校ならひょっとしたら置いてあるかもしれんが、しばらく前からあそこには魔物が巣くっておる。誰も近づかんほうがいい」
「医術学校に魔物?? どうしてそれを知っていて何も対処なさらないんですか?」
蒼河はその魔物を退治しないのかと不思議に思う。
「さっきも言ったが、村の若く力のある男衆が討伐に駆り出されて一人も帰って来ん。村の物が大けがをしても今までなら呼べた医療班も呼べん」
どうにもならんのじゃと、吐き捨てるようにゼフは答えた。
その時、カーテンの向こうからダコタが叫んだ。
「先生! 女の子が!!!」
何事かと慌ててカーテンを開けると、ヒスイの額にうろこ状の紋様が浮き上がっていた。身体は火のように熱く、見た目で火照っていることがわかるほど肌がピンク色になっている。
「イカンな、とにかく脳がやられないように頭を冷やせ! 体も同様じゃ!」
ダコタが慌てて冷やすための布を取りに走る。
蒼河はダコタが戻るまでと氷魔法でヒスイの周りの空気を凍らせた。ひんやりと冷たい空気が辺りを包む。鮮やかに展開された氷魔法にゼフは感心しつつも、ヒスイの表情が少し和らいだのを見てもう少し強めの効果で魔法をかけられるかどうかを蒼河に尋ねた。
蒼河が少し効果を強めると、空気中の水分が冷やされキラキラと結晶が光る。
戻ってきたダコタが水で濡らした布をヒスイの頭と手足に乗せていくと身体の赤みが引いていった。
しばらく冷やし続けていると、ヒスイの苦しそうな息が少しマシになったように思う。だが、額に浮き上がったうろこ状の紋様はまだ消えていない。
騒ぎでヴルムが目を覚まし、ヒスイの額を見ると急に焦り出した。
「この紋様は竜紋だ。これが出るということはヒスイは生死の境をさまよっているということだ。この世を去った我が息子にも……」
いつも冷静なヴルムが声を詰まらせている。自身の息子が亡くなった時の事を思い出したようだ。ヨロヨロと力なく今まで横になっていたベッドに腰掛ける。
「ヒスイまで……」
声を詰まらせているヴルムを見て、蒼河と柴も青くなる。何とかいち早くミノイを手に入れなくてはいけない。
「俺、その何とか学校に行ってズバッと魔物やっつけてそのミノイとか言う薬草取ってくるぜ!
蒼河とヴルムさ……んはヒスイを見ていてくれ!」
今すぐ飛び出してやる!という勢いの柴にゼフが声をかける。
「お主、場所や薬草がわかるのか? ダコタを貸してやる。こいつは薬草に通じている上に強い。一緒に行け!」
「ええ!? ボクがですか?」
「ありがてぇ、よろしく頼む!」
いきなり名前を呼ばれたダコタはびっくりして目を白黒させている。しかし、間髪入れずに柴にお礼を言われ、既に家から飛び出した柴を追いかけないわけにもいかず、仕方なく続く。
まるで暴風のように走り去る柴とダコタを見送り、再び蒼河はヒスイを冷やすために氷魔法を展開し、ダコタの代わりにゼフの指示に従ってヴルムがヒスイの身体の布を取り換える。
時間がない!柴、頼むぞ!
心の中で蒼河は柴に懇願する。こんなところでヒスイを失うなんて考えたくない。どんな魔物が巣くっているのか分からないが、きっと柴なら乗り切れるだろう。
自分の秘密を知るんだろう!せっかく旅に出たんだ!ヒスイ、頑張ってくれ!
蒼河は、祈るように再び魔法を展開した。
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