第20話 ネークの街
ネークの街に着いたのは、出発してから三日目の昼過ぎだった。
街を一望できる小高い丘から見ると、ネークの街はパラスよりもだいぶ大きい街のようだ。大陸の中央を分断するように位置するトラントラの麓にあり、丁度大陸の中心あたりにあるため交通の便も良く、商業都市としてもかなり発展している。
「わあ! すごく大きな街! 王都くらいありそう~!」
ヒスイは、一度だけ行った事のある王都を思い出す。聞きなれない「王都」という言葉に、蒼河と柴は顔を見合わせていたが、ヒスイはそれに気付かずに街を眺める。
この街には人間の世界の物もたまに流通すると聞いたので、ヒスイは絶対寄りたいスポットとして挙げていた。
お忍びの旅で元から長く滞在できるわけでは無いが、人が多ければ自分たちも目立たないだろうと一生懸命主張して寄ることを許可してもらったのだ。
街に入るときは全員、旅人のアイテムのひとつでもある日よけコートを頭からすっぽりとかぶり、顔があまり見えないようにする。あくまでも目立たないようにするためではあるが、ヴルムに至っては顔の半分に眼帯を付けるなどして美しい顔を隠している。
顔を隠すのはヴルムのアイデアで、本人はかなりノリノリで眼帯を付けていた。
ヒスイとヴルムのコートは特注品で、竜の気配を探れないように特殊な
装備をもう一度見直し、目立たない旅人の装いであることを皆で確認し合う。
「みんな良く似合ってる! ヴルム様……あっ!! コホン、おじさまも!!!」
この旅が始まった頃、ヒスイはヴルムからひとつお願いをされていた。それは「ヴルム様」と呼ぶのを辞めるようにというものだった。
旅の途中で、子どもの見た目をしているヒスイが自分を「様」付けで呼ぶことに違和感を覚える者もいるだろうという配慮……は表向きの名目で、ただの「父親の友達のおじさん」として接して欲しいというヴルムの思いからだった。
ヒスイにはまだ照れがあるようだが、ヴルムは「おじさま」と呼ばれることがまんざらでもない様子だ。
ヴルムは蒼河と柴にも「様」を辞めるように言ったが聞き入れてもらえず、譲歩して街の中では二人には「ヴルムさん」と呼ぶように話をつけた。街の中ではいつ敵に見つかるかわからない。常に気を張っておく必要があるため、呼び名を変更するのは緊張感のオンオフのスイッチ切り替えの役割にも使えて合理的だった。
「わあ!」
ネークの街の門をくぐると、沢山のお店が立ち並ぶバザールと行きかう
目論見どおり旅人も多く、ヒスイ達と同じように頭からフードを被った旅人の恰好をした人が沢山行き交っている。
「ヒスイ、手を離さないように。
蒼河がヒスイに手を差し出しくれる。さすがは天然タラシ!とヒスイが照れながら手を繋ぐと、ヴルムも空いた方の手を繋いでくる。
「ヒスイは我と居たほうが良い」
涼しい顔でヴルムが言うと、蒼河も負けじと反論する。
「いえ、ヴルムさんのお手を煩わせませんよ。私がしっかりヒスイを見ていますのでご心配いりません」
「いや、我の方が良いだろう。親代わりなのだから」
既にその様は娘の彼氏に取られまいとする父親の構図になっている。
柴とヒスイは半眼になり、そのやり取りを見ていた。どちらも譲ろうとしないので、ヒスイは提案をした。
「二人とも手を繋いでくれるのは嬉しいです! でも、それだと行く場所が沢山あるのに回りにくいので、二人ずつに分かれて回るというのはどうでしょう」
「そうだな、俺も目的が多い分手分けするのは良いと思うぜ!」
柴もその提案に乗ってきたので、ヴルムも蒼河も渋々その案に乗ることになった。間違いなくどう別れるかでモメそうなので即席でくじを作り「いっせーの」と引く。
くじは「柴・ヒスイ」「ヴルム・蒼河」のペアとなった。
思惑通りに行かず、ちょっと眉間にしわが寄っているヴルムと蒼河を尻目に、柴とヒスイは仲良く食材探しに出かける。
ヴルムと蒼河は装備品の補充を担当することになり、二人で薬草や布、油などを見て回る。
バザールは珍しいものが沢山あり、ヒスイは目を輝かせた。横を見ると、柴もかなり興奮している様子で「あれは何だ?」と店主を質問攻めにしている。
ヒスイは果物の中に見慣れた食材を見つけた。バナナだ。
「食べたいなあ。」
「それなんだ? ヒスイが食べたいなら買えよ。次はいつ食べられるか分かんねえし。」
思わず口をついて出た言葉だったが、それを聞き洩らさなかった柴が買うよう促してくれる。バナナを知らない柴にも食べさせてあげたい気持ちになり、いくつか買おうと思ったのだが、見た目が同じなだけで味が全然違うということもありえるので、慎重に店主に確認を取る。
「すいません、その黄色い果実はどこから手に入れたんですか? 珍しいですね。」
「ああ。これは北のオーパから取り寄せた果実だよ! 甘くて柔らかくてそのまま皮をむけば食べられるから人気でね。でも早く痛むからなかなか出回らないんだよ。嬢ちゃん買っていくかい?」
「はい!
自分が知っている食材だったことを確認して購入する。今度食べられるか分からない食材で、こちらには大ぐらいの柴がいる。ヒスイの計算では二房あれば三日はバナナを楽しめるはずだ。
バナナの他にも見たことのない珍しい食材が沢山あり、柴に聞きながらヒスイは買い物を楽しむ。
ふと、雑貨屋の前でヒスイはまた懐かしいものを目にして立ち止まる。
小さな陶器の人形が可愛らしいオルゴール。雑貨屋の店主に聞くと、人間界からの流れ物で使い方が分からないが、金属が使ってあり珍しいので高いのだと言う。
確かにゼンマイを巻く部分が壊れていてネジの先が折れている。
ヒスイは手持ちの木の棒を使い、折れたネジの場所に差し込んでゼンマイが回るか確かめてみた。
店主は慌てて止めようとしたが既に遅く、ヒスイは上手くネジを回すことができてオルゴールが鳴りはじめた。
いきなり音が鳴り始めたことで、周りの視線が一気にヒスイに集まった。
「ありがとう、お嬢さん! こんな素晴らしい物だったなんて知らなかったよ! どうやったんだい?」
店主が興奮して声高に聞いてくる。おかげで余計に注目されてしまっている。ヒスイはゼンマイを巻けば音が出る事を教え、そそくさとその場を後にした。
「ふう、驚いた!」
街の中心にある噴水に腰掛け、ヒスイは苦笑いをしながら横に立っている柴を見上げる。
柴はとても複雑な表情を浮かべていた。
「なあ、ヒスイ。あれって何だったんだ? あんな音が出る物見たことが無いぞ!」
「あ、オルゴールのこと? あれは機械で自動的に音が鳴る……そう、楽器みたいなもの。人間の世界では贈り物にしたり、特別な思い出の曲を刻んで記念にしたりするかな」
「あれが楽器? あんな可愛らしい人形が付いたものが? へえ~、すげーな!」
「音を鳴らしたのはマズかったかな? 目立っちゃった。まさか
しおらしく謝るヒスイの頭をぽんぽんと優しく叩き、柴はニヤッと笑う。
「まあ仕方ないさ。扱い方を知っている奴くらい
慰めてくれるのが嬉しくて、ヒスイは柴にさっき買ったバナナを一本差し出した。
「ありがとう。はい、ヴ……おじさまと蒼河と合流するまでこれ食べてよう?」
二人で噴水に腰掛けてバナナを食べる。はじめてバナナを食べた柴は美味しさに感動したようで、旅人コートで隠されてはいるが、耳としっぽが激しく動いているのが分かる。
それぞれが一本食べ終えた頃に、ヴルムと蒼河が合流した。
雑貨屋での騒ぎはヴルムと蒼河も耳にしたそうだ。誰かが音の鳴る不思議な人形の事を話していたのを聞いたのだそうだ。
たった数分の出来事がこんなに早く広まるなんて。
ヒスイは驚きつつ、再度「騒動にしてごめんなさい」と謝罪をし二人にバナナをそっと渡す。物欲しそうな顔の柴にも一本渡し、三人がバナナを食べ終えるのを待つ。
ヴルムと蒼河もバナナの美味しさに驚いていたので、ヒスイはその様子をしてやったり顔で見つめる。
食材の調達も装備の補充も首尾よく行ったので、寝られそうな場所を見つけるために早めに街を後にする。
「ネークの街は活気があって素敵な街だった~!」
ヒスイは感嘆の声を上げる。食材も豊富だったし、ほんの少しの時間だったが珍しい物を沢山見ることが出来た。街でどんな食材を手に入れたなど楽しく話をしていると、いきなり屈強な男たちに囲まれてしまった。
「おい、そのお嬢ちゃんを置いていきな! その娘は俺たちが貰う!」
まさか
どうやらオルゴールを起動させたことから、珍しい事を知っている特別な娘だと思ったらしい。商人に雇われた賊と分かった瞬間、蒼河と柴がアッと言う間にガタイの良い男たちを倒して縛り上げる。
二人とも、本当に強いなあ。
ヒスイは感心しながら二人の強さを改めて実感する。
ヴルムは腕を組んだまま睨みをきかせている。その眼光と威圧で縛り上げられた男たちは大人しくなり、雇われて襲いましたと白状した。
魔物ではないし、もう二度と襲ってこないことを約束させて賊は全員解放する。
また襲われても困るのでネークの街からできるだけ離れ、岩山に近づいたところに野営地を決めて休むことになった。
明日は岩山を登ることになる。ここまでの道のように平坦で歩きやすく舗装されているとは限らない。
パチパチと音を上げる焚火を囲みながらもう一度ルートを確認すると、いつものように火の番をしながら交代で眠った。
また新しい朝がやってくる。
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