第17話 昔話Another Side~男たちの滝行~

  落ちてくる滝の水が当たるたび、失った力が満ちていく。

 蒼河と柴は体力が回復していく気持ちの良い感覚を満喫していた。


「やっぱここはスゲエよなあ、生き返る~!」


「本当に。何とも言えない感覚だよ」


 ここまで力を使ったのは大昔……子どもの頃に修行で力を全て使って空になった時以来か。


「覚えてるか、柴。この感覚。あの時も力を全部使い切ってここに連れてこられたよな」


「ああ、覚えてるぜ! 蒼河にあれだけボコボコにされたのは後にも先にもあの時だけだ」


 二人は修行と称してよく一緒に模擬バトルをすることがあった。

 いつもは師匠である柴の父親が見ている前での試合形式だったが、その日は自習となり二人だけで遊びの延長でバトルすることになった。

 そのうちヒートアップして「体力と魔力どちらが強いか」という論争になり、どちらかの力が尽きるまで戦うと意地で戦ったのだ。

 その時は年長の蒼河がかろうじて勝ったのだが、案外接戦で二人ともほとんど空になった力を強制回復させるためにこの滝に連れてこられたのだ。

 懐かしい思い出を話しながら、ふと目の前を見るとヒスイが水辺に座り足をつけているのが見えた。

 こちらを見ているので手を振ると、手を振り返してくる。


「なあ、蒼河」


「なんだ?」


「お前、すっごいヒスイを大事にしてるよな」


「いきなり何を……?」


 そういう、女の子が絡んだ話を柴がするのは稀で、蒼河はギョッとする。


「そうだな、一応形式上は婚約者ということになっているしな」


「またまた~! 実はちょっと気に入ってるだろ?」


 柴はやたらニヤニヤしながらツッコんでくる。あまり意識をしたことが無かったが、ヒスイのことは確かに気に入っている。

 しかも、予想通り成長したら美人なことが確定したのだから、まんざらでもない。


「まあな、恋愛感情かと言われたらそういうのではないが気に入ってるよ。何でも一生懸命だし、いつも強がっているのもかわいいと思う」


 蒼河は端的に自分の今の気持ちを述べた。好みのタイプではあるが、今は恋愛感情は沸いていない。見た目が子どもだからか、どちらかというと保護者の気分だ。


「あ~、わかる! アイツいっつも一生懸命でかわいいよな!」


 珍しく柴が同調してくる。柴と蒼河は女性の趣味があまり合わない。柴は活発な子よりも清楚でおしとやか系が好きだったはずだ。

 蒼河はどちらかと言えば自分の芯を持っている強い女性に惹かれる傾向があった。

 おかげでこれまでも好きな子が被ったことがなかった。


「珍しい、柴もヒスイを気に入っているのか。……それは困る」


 蒼河は真顔で答える。今のところ婚約者として立場的には自分が一歩リードしているが、普段の会話を見ているとヒスイは柴と一緒の時の方が楽しそうに見える。


「困るって、俺も困ってるんだよ。母ちゃんが昨日ヒスイを見て興奮しちまってさ。あんな強くて美人さんならお前の嫁になんて言い出す始末なんだぜ! お前だって婚約者になる権利はあるだろうって」


「なんだ、意識してるのか? でもヒスイは私の婚約者ということになっているんだが」


 蒼河は意地悪に返した。恋愛感情が今は無いとはいえ、気に入っているのは間違いない。後から横取りされるのはいくら柴でも気に入らない。


「ち、ちげーよ! お前の婚約者ってのも分かってるよ! それは俺たちで決めたんだ。だからそんな風には見ねえって決めてる」


 そう、決めているのだが困ったことに柴はササシュ祭り以降、ちょっとヒスイが気になっている。

 いつも笑顔で元気で一緒に居ると楽しい。そしてたまに落ちる影の部分が危なっかしくてつい守りたくなる。

 少々頬が赤くなっている柴が続ける。


「だけどさ、昨日の姿はちょっとヤバかったな……」


 滝の音にかき消されるような呟きだったが、蒼河にはしっかり聞き取れた。


「確かに、あれは……ちょっと、な」


「反則だよな」


 あれほどの美女は街にも居ないんじゃないか…しかもかなりのナイスバディだった。

 思い出して二人とも鼻の下が伸びる。

 あまりの変わりっぷりに、特に柴は緊張してロクに目も合わせられなかった。二人がもう一度ヒスイがあの姿にならないかと悶々としていると、目の前にザバーっと巨大な水のドラゴンが現れた。

 どうやらヒスイがヴルムを呼び出したらしい。

 一応ヴルムはヒスイの保護者のようなもの、こんなバカな会話を聞かれたらたまらない。

 そう思い、人の姿になったヴルムが滝の方へ来た時に退散しようとしたのだが引き留められてしまった。

 更にその後、ヴルムから発された言葉に二人とも固まる。


「二人とも、私たちの娘ヒスイはいい女だと思うだろう?」


やっぱり会話、聞かれてたて……。


 この場から逃げたい気分になりながら、二人は答える。


「はい、本当に」


 蒼河と柴のどちらに軍配が上がるのかは、まだまだ先のお話。

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