黒騎士と少女、そして柳 2
「孫ってまさか……」
以前爺さんから聞いた死に場所を求めて放浪していた理由。それは息子夫婦と孫を守れなかった不甲斐無さから、自身が力尽きるまで魔物を狩り続けるというものだった。
また爺さんと息子の義尚さんとのすれ違い、そしてその後に孫の愛佳ちゃんにどれだけ救われたかも聞いていた。
——爺さんにとって、愛佳ちゃんがどれだけ大きな存在であったか。
俺が言葉に詰まっていると、爺さんはポツリポツリと呟き始めた。
「……以前より考えておった。青堀神社の諏佐親子、そしてお主のサポートをしておるトリセツとやら。その者たちが世界が変わってしまってから死んでしまった者の意識、或いは魂なのであれば、儂の家族もそうなっておる可能性もあると」
爺さんは黒騎士となった愛佳ちゃんを見つめたまま話を続ける。
「もしかしたらまた愛佳と話せるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いておったんじゃ。にも関わらず、これは余りにも酷い仕打ちじゃのう」
爺さんの言葉に部屋の隅へと移動したレティーは手を口に添えながら笑う。
「ふふっお爺さんの命よりも大切なプレゼント、喜んで貰えてなにより。わたくしがわざわざ起こしてきた甲斐がありますわ」
レティーに目を向けた爺さんが片眉を上げる。
「ふむ。お嬢さんが死して眠っていた愛佳を、この為にわざわざ起こしてきたと」
「ええ、そうですわ!無理矢理起こしたせいで少しおかしくなってしまいましたが、正真正銘あなたの孫の愛佳さんですわ!あなたには絶対手を出せない存在ですの」
「ふむ……」
俺はそう呟いて推し黙る爺さんの前に進み出て言葉を掛ける。
「爺さんの心境は察する。今回は俺にやらせてくれ」
俺の言葉に対し、爺さんは首を傾げる。
「何を言っておる。先程も言ったが灰間の小僧は手を出すな」
「だが——」
「……孫の愛佳が苦しんでおる。その苦しみを終わらせるのは儂の役目じゃろうて」
爺さんの目つきが鋭いものに変わると、レティーはそれをみて鼻で笑う。
「はっ意識もまともにないモノが苦しんでるですって?体を失った魂なんて道端の屑みたいなものですわ。わたくしたちに言われるがままで、そこに意志なんてものは有りませんわ」
「それはどうかのう」
「……ほんと、時間の無駄でしたわ。まさかそこのお爺さんの戦意を削ぐことさえ出来ないなんて。屑は屑ね」
レティーが呟き顔を伏せた瞬間、俺は銃口をレティーに向けて銃弾を放った。だがその銃弾はレティーを守るかのように現れた黒い霧にかき消されてしまう。
「ふん、無駄よ。あなた達のホープはわたくし達ジェニスに傷一つ付けられないわ」
レティーが俺に向けて手を翳す。その瞬間黒い霧が俺の周囲に現れると、鎖のような姿となり避ける間もなく俺を縛り付けた。
「……ッ!」
俺の体が鉛が纏わり付いたかのように重くなり膝をつく。咄嗟に銃を取り出そうとするも、それが現れる事は無かった。
「もういいわ、終わらせましょう。孫だったモノに無惨に殺されなさい」
レティーが黒騎士に手を翳すと、黒騎士が頭を抱え咆哮する。
『アァァアァァアッ!!!』
黒騎士は暫くの咆哮の後、黒い大剣を手に持ち爺さんを見据え、爺さんはフッと短く息を吐くと刀を中段に構えた。
そして——死闘が始まった。
一瞬で距離を詰めた黒騎士は横薙ぎに大剣を振るい爺さんを薙ぎ払おうとするも、爺さんは懐に入り込みつつ身を屈め大剣をやり過ごす。
と同時に爺さんは黒騎士の横腹あたりを刀で斬りつけるが、黒い鎧が硬いのか金属音が響くに留まる。
黒騎士は逆に斬り返すが爺さんは刀を斜めに構え斬り返しの軌道をずらす。そしてその隙に爺さんはまた同じ箇所を斬りつけた。
その後も爺さんは大振りな黒騎士の攻撃をやり過ごたりずらして捌き、その隙に爺さんが一撃を返すの繰り返し。
そして何度目かの攻防の後。
「シッ!」
今まで無理をせずに斬りつけていた爺さんが、一歩踏み込み体重を乗せた一撃を放つ。
『アアァッッ!』
よろめく黒騎士、そして飛び散る黒い鎧の欠片。爺さんの一撃は何度も斬りつけていた黒騎士の右脇腹の鎧を砕いたのだ。
体勢を崩した黒騎士に対し、爺さんが下半身へと追撃を加え続けた。
その攻防を横目に俺は鎖を外そうと殴り付けるも、鎖は硬く拳から血が流れる。
何も出来ないやるせなさに怒りを覚え、俺はレティーを睨んだ。するとレティーが
嫌な予感を感じた俺は咄嗟に叫ぶ。
「爺さん!」
追撃を加えていた爺さんの刀に、黒い靄が纏わり付いた——次の瞬間。
爺さんの持つ刀が刃毀れした姿に変わった。そして爺さんが刀を黒騎士の鎧に斬りつけると共にその刃が金属音と共に折れ爺さんの頬を掠めた。
「……ッ!」
状況に気付き爺さんが後方へと跳躍するが、そこに黒騎士の小手に包まれた左拳が襲った。
爺さんはそれを防ぐ事ができず左手で受け、拳の衝撃で地面を転がりうつ伏せのまま止まり動かなくなった。
「……呆気のない。やはり人間は弱いですわ」
レティーは爺さんを見ながらほくそ笑む。
「お前、刀の特性を消しやがったな」
「わたくしとした事が、忘れていましたの。アレもあなたのホープによるものでしたわね。折角良いところでしたのに残念ですわ」
爺さんの刀自体は本物だが、あの刀には俺の力で『特性』や『修復』が施されていた。その為黒騎士の鎧を砕く事が可能だった訳だがそれらが無くなった今黒騎士の鎧の強度が勝った。
レティーは動かない爺さんを一瞥した後、俺の目の前へと瞬時に移動した。そして片膝をつく俺をニヤニヤしながら見下ろす。
「さてメインディッシュはどういたしましょうか。どうせならあの子の泣き叫ぶ所が見たい所ですわね?」
(動けない状況の今、コイツに一矢報いるにはどうすれば良い?考えろ!銃に頼れない今出来ることは——)
「……残念だが、あいつとの約束を破る事になるな」
「それはズルをしたあの子とあなたが悪いんですわ。あくまでルール通りにしてればまだ生きれていたかも—— 「誰がこのまま死ぬか」……は?」
今でも理由は分からない。だが突然見た夢の中で得たトリセツでも
もしかしたらその力ならこの
「その顔一発ぶん殴らせろ!『
左手を発動の起点とし力が集まり拳が光りを纏い始める。
前は必死で感じなかったが今なら分かる。『全弾解放』は俺自身の生命力を攻撃力に変換するものだと。黒い靄でかき消されるよりも早く力を溜め——放つ!
光の影響か気が付けば黒い靄による鎖は消え去り俺の拘束は解かれていた。俺は体を起こしながら、レティーの顔を左拳で全力で殴り付けた。
黒い靄が邪魔をしたものの、拳はレティーの右頬に到達し鈍い音と共にその体を吹き飛ばした。
更にレティーは衝撃のまま壁に強く打ち付けられ、壁を砕きその瓦礫に埋もれた。
それを見届けると共に俺の左手に激痛が走る。目を向けると左手は指が様々な方向に曲がり、左の肘まで出血で真っ赤になっていた。
(何とか左手だけで済んだか)
最悪反動でそのまま死ぬ事も覚悟していた。だが反動がこれだけで済んだのは魔物を倒していた事で強化された身体のお陰なのかもしれない。
「……っ爺さん!」
俺は左肩を右手で押さえたまま、爺さんに駆け寄る。
「ッ何とか生きとるわい。少し気を失ってたようだがのう」
爺さんはそう言いながら体を起こす。
ホッと胸を撫で下ろしたものの束の間、爺さんが見つめるものを見て俺は再び気を引き締める。そこには——。
『オトウ……サン……オカ……アサン……』
大剣を手にフラフラと立ち呟く黒騎士。
「貴様ァ……よくも私の顔を!絶対に許さない……死んでも苦痛を与えツヅけてやる……ッ!」
右頬を押さえ、口から赤い血を流しながら鬼のような形相をしたレティー。
一矢報いたものの満身創痍な俺と爺さん。対するは一部の鎧が欠けた黒騎士と顔以外は軽傷に見えるレティー。状況は良くなった所か悪化したようにも思えた。
(……レティーを倒せれば黒騎士も消えるかと思ったが、そんなに甘くなかったか)
痛む左手を押さえつつ立ち上がろうとする俺の肩へと、先に立ち上がった爺さんがポンと手を置いた。
「灰間の小僧。刀の修復と可能な限り特性付与を頼む。ここは儂が終わらせる」
「それじゃ黒い靄に消されてまた同じ事になるだけだ。何とかこの場から逃げる方法を——」
爺さんはニッと笑う。
「儂に任せておけ、今の儂は先程とは違う」
俺は爺さんを見直して自分の目を疑った。爺さんの体が淡く光を纏っているように見えたのだ。
「爺さん、それは……」
その光は先程『全弾解放』で見た、生命力を力に変えた光と同じように感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます