黒騎士と少女、そして柳 3

 生命力、或いは命の力。爺さんの体を包む淡い光は恐らくその力で、俺の『全弾解放』に酷似していた。

 その力が何かを犠牲にしているのか、それとも俺の力が特別なのかは分からない。



 だが——俺は爺さんを見てとても嫌な予感がしていた。




♦︎柳 道唯(爺さん)視点



 先程の黒騎士となった愛佳の一撃を受ける瞬間、儂は生まれて初めて死というものを身近に感じ『死にたくない』と思った。

 これまでいつ死んでも良いと無理をして戦っていたにも関わらず、結局死ぬ覚悟が出来ていなかったという事なのかもしれん。


 そしてその際灰間の小僧達が言っておった『ホープ』とやらの力の一片を感じ取る事ができたが、発動するには何かが足りないのが分かった。儂は気絶しておったにも関わらず不思議なものだ。


 だがその足りないものは、灰間の小僧が鎖を破った事で『理解した』。



 儂のホープは生命力を身体能力に変換するものだと。そしてこの力を使えば黒い靄にも対抗出来ると。



「ほれ修理せい」


 儂は平静を装いながら灰間の小僧に刀の柄を差し出すと、灰間の小僧は渋々、と言った感じで修理と特性の付与を行った。


 そさてその修理された刀を持つと、刀自体も光を帯びた。


「さて、小僧はそこで待っておれ。その腕では邪魔になる」


「……ちっ、片腕でも牽制位なら出来る」


「ふん、好きにせい……」


 そう呟くと共に儂は全力で愛佳に向かって駆けた。その速さはこれまでに感じた事の無いほど速い。


『……!』


 愛佳が大剣を構えるも、それでは遅すぎる。儂は構えきる前にすれ違うと、既に愛佳の左手腕となる鎧を斬り落としていた。


『アァッ!』


「愛佳……すまん。すぐに終わらせる」


 儂はそのまま次々と黒い鎧を斬っていくが、そこでレティーとやらが声をあげた。


「まさかこんなヨボヨボの爺さんがホープに目覚めるなんて。でも、無駄よ!」


 レティーが儂に向けて手を翳すと、体の周囲を黒い靄が包み始めた。だが同時に儂を包む光がそれを押し除けようと抵抗しているのを感じた。


 行けると分かった儂は、黒い靄を無視したまま愛佳の首元を狙うが、その一撃は大剣で防がれてしまった。

 そして儂が動けているのが気に入らないのかレティーは舌打ちする。


「チッその光のせいね」


 レティーが次に手を翳したのは愛佳の方だった。すると愛佳の鎧を黒い靄が包み鎧の一部が再生を始めた。


「早く反撃しろ!この屑!」


 愛佳がレティーの声に従い儂に大剣の一撃が迫る。その一撃は防御を全く顧みないという、人間ならば相討ち覚悟のもの。


(……ふざけておる)


 儂はその一撃に怒りを覚えながら大剣を軽く受け流す。



「愛佳の剣はこんな雑なものではない」



 愛佳の再生しつつある鎧をまた斬り落とす。

 そこでレティーが黒い靄を槍のように変え攻撃してくるもそれは光によって消失する。


「愛佳には剣術の才能が有った。数ヶ月であり得ない、見惚れるほど綺麗な剣筋には将来を期待せざるを得なかった」


 右膝。黒騎士が片膝をつく。


「愛佳が道場以外でも木刀を振っておったのを知っておる。そしてその際には息子の義尚が教えておった事も」


 脇腹。儂を覆う光が大きくなっていくのが分かる。


「お主は儂だけでなく義尚、そして愛佳を侮辱した。それは決して許せん」


 右腕を斬り、大剣が地面に落ちる。レティーが巨大な黒い塊で儂を押し潰そうとするが、光に守られているのか風すらも感じない。


「——愛佳。お主を守れずすまなかった。せめて安らかに眠ってくれ。それがじじの今出来る唯一の償いじゃ」


 腰を落とし、刀を両手で上段に構える。そして力を刀へと注ぎ込んでいく。




 そこでふと義尚の声が聞こえた気がした。


 ——悪いな親父。俺が剣術を辞めなければこんな事にはならなかったのに。


(いや、儂はお前に無理矢理押し付けてしまった。今では前が反発したのも当然だと思っておる。儂のせいじゃ)


 ——けど親父の言う通りにしていれば、生きていた未来も有ったかと思うと後悔しきれないんだよ。


(どうかのう。お主は凡人じゃ結果は変わらなかったかもしれん)


 ——おいおい。子供を守れなかった親がどれだけ悔しいのか分からないのか?




(そんなもの言うまでも無いじゃろ。儂も息子——義尚。お前を守れなかったんじゃ。愛佳達も含め儂がどれだけ悔しかったかなど、逆にお前には分からん筈じゃ)


 ——そうだな、悪かった。なあ親父……駄目な息子の最後の願いを聞いてもらっても良いか?


(それこそ聞くまでも無い事じゃ。それは儂の願いでもあるからのう)


 ——頼む。





「くっ、この部屋ごと消えて無くなりなさい!!」


 儂が我に返るとレティーが喚いており、部屋全体が暗闇に覆われていた。その強大な力は先程までと比較にならないほどのもので、光の膜を破り肌がピリピリとするのを感じる。


(ふむ。これは打ち破らなければ灰間の小僧も危ういかもしれんのう)


 状況を理解した儂は自然と口角が上がった。


「そうや。諦めて死を受け入れるのかしら」


 レティーの言葉を儂は笑い飛ばす。


「ほっほっほ。いや、死に損なった爺が死に場所を求めておっただけなのに、まさかこのような最高の舞台が用意されとるとは思うまい。神様がおるなら感謝せねばのう」


「ふん。あなたの事はわ。守りきれず死んだ息子一家、そこからの自暴自棄。それだけじゃない。力が足りず死ぬ人々を思い返してみなさい。そんな過程を経ても最高の舞台と言えるのかしら」


「儂は自己中心的でのう。儂の興味がある者以外はどうでも良いんじゃ。世界が変わってから多くのものを失ったのは事実。しかし新たに出会った者達もおる」


 儂は力を注ぎ込みながら話を続ける。


「突然遺された側となった儂が、こうして今遺す側となれた事——無鉄砲だが大切な弟子を守れて死ぬのならば、これ以上の最高の舞台は無いであろう」


(まあ灰間の小僧は絶対に許さんだろうがの)



「お主も覚悟せい。儂の全身全霊の力——『終良全良オールエンドウェル』」



 







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