第34話 支配領域 7

 開けたスペースに出る、通路を抜ける手前で俺は立ち止まり、壁を背にしながら立ち止まる。そして角からゆっくりと顔を覗かせ、その先を確認する。その後、爺さんも俺の脇から顔を出した。


 薄暗く確認しにくいが、そこに大きな何かが居るのだけは分かる。俺は少しでも見えるように目を凝らす。

 どうやらそれの体の色がスーパー内の赤と黒と同じで、同化しているため見にくいようだ。体は人型で、棚よりもかなり大きい事から二メートル半は有るように思える。そしてその手には漆黒の巨大な鉈のような物。


 これだけ確認出来れば充分だ、一刻も早くすぐに退却すべきだ。確認しているだけにも関わらず、背中は嫌な汗をかいているのが分かる。


「爺さん」


 俺は小さな声で呟く。


「ああ」


 俺達が退却しようとした時だった。ボスと思われるそれが、こちらへと振り返った。そしてその目は赤く光り、確実に俺達を見据えている。

 

 まずい!と思った俺はすぐに入り口へと引き返し始める。


「逃げるぞ!」


 俺はそう言い放ち、入り口へと全力で駆ける。爺さんもすぐにそれに続くが——俺の後方から聞こえる足音は二つ。

 俺はそれに気付くと後ろへと振り返る。すると——先ほど見た赤黒い巨体の人型が、俺達よりもかなり早いスピードで追ってきていた。


「爺さん、追って来てる!」


 俺は少し遅れている爺さんのフォローをする為、石弾銃を持ってそいつ目掛けて弾丸を放つ。だが石弾程度では怯む訳もなく、それはそのままの速度で迫ってきていた。


 入り口までは後100メートル程。だが、このペースじゃ間違い無く追い付かれてしまう。


 ……迎え討って時間を稼ぎ、隙を見て逃げるしか無いか?


「爺さん隙を作るぞ!」


 後50メートル。そいつの姿がはっきりと見えた。それは赤黒い巨大なゴブリンで、その口が三日月のように笑っているのが分かる。

 そして、赤黒いゴブリンが右手に持った黒い鉈を走りながら振りかぶる。


「右から来るぞ!」

「了解した!」


 俺と爺さんは同タイミングで反転し、互いに両手で持った刀で鉈へと対抗する。


 そして——その黒い鉈は横薙ぎに襲いかかってきた。

 俺と爺さんは横並びになり、刀で鉈と打ち合う。


 響く金属同士のかち合う音。そして拮抗したかと思った打ち合いだが……徐々に俺達が押され始める。


「く……ッ!」

「ふん……ッ!」


 俺は腰を落として踏ん張るが、ジリジリと押されるのは変わらない。そして——赤黒いゴブリンが左手を鉈に添えたことで、その拮抗は終わる。


 赤黒いゴブリンが鉈を振り抜き、俺はその勢いで飛ばされて背中から壁へと打ち付けられ、爺さんは体勢を崩すも、何とか転ばずに踏み止まったようだ。

 

「痛ぇ……」


 俺は背中を強打した事で、すぐには立ち上がれずにいた。

 状況を横目で見ると……爺さんは刀を構え直し赤黒いゴブリンと睨み合って対峙している。


 暫くお互いに動かないまま時は過ぎる。そして我慢しきれなかったのか、赤黒いゴブリンが先に動き始める。


 赤黒いゴブリンは爺さん目掛けて鉈を振り下ろす。だが爺さんはそれを最小限の動きで躱し、赤黒いゴブリンの懐へと入り込もうとする。


 それを見た赤黒いゴブリンは左手を前に出し、近づく爺さんをなぎ払おうとする。爺さんは身を屈めてそれを回避しながら、刀で左手を斬りつけた。


 その斬った音はまるで石でも斬ったような音で、赤黒いゴブリンの左手には大きな傷は見られない。

 だがそれでも、赤黒いゴブリンを警戒させるには充分だった。赤黒いゴブリンは後方へと跳躍し、爺さんと距離を取る。


 俺もそこで立ち上がり、赤黒いゴブリンの様子を伺いながら爺さんに声を掛けた。


「爺さん……今の内に退こう」


「……了解した」


 俺と爺さんはそのまま一歩ずつ後ろへと下がる。赤黒いゴブリンはそれを眺めたまま、動こうとはしない。その表情は怒っているのか、歯をむき出しにして俺達を睨み付けている。

 下がりながら俺の頬を汗が伝い、その緊張感から心臓の鼓動が聞き取れるようだった。


 そのまま、何とか俺達は入り口の渦まで後数歩の所まで来た。


「……爺さん渦に入るぞ!」


 俺のその声で、俺と爺さんは入り口の渦へと飛び込んだ。

 赤黒いゴブリンは最後まで一定の距離を保ち、俺達を睨み付けたまま立ち尽くしていた。

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