兵器創造の領域支配者

飛楽

一章 見捨てられた都市と『希望の力』

第1話 見捨てられた都市とホープ

 ——202×年、4月1日。

 何の前触れもなく、世界に魔物が発生した。


 緊急速報として各国の政府が会見を開き避難勧告をするも、人々は最初冗談だと思った。エイプリルフールの嘘だろう、と人々は笑い合う。

 あまりに現実味の無い話に、その脅威が自身の目の前に現れるまでは本当にそう思っていたのだ。


 だが会見内容通り魔物は瞬く間に溢れ出し、すぐに人の生活圏を脅かし始めた。生活圏の中心である繁華街を闊歩する魔物に、逃げ遅れた人々の無残な姿。

 単体の魔物の脅威はさほどでは無い、だが魔物の数の多さと突然の襲撃に人類は対応しきれず、世界各地で甚大な被害を出していた。


 ——その中でも市民が銃を持たない国、日本。そこでは市民は魔物に対抗するだけの力を持たなかった。平和に慣れた今の人々では魔物に抵抗するだけの勇気は無く、その結果は魔物達による人間達への蹂躙だった。


 全国で起こる混乱の最中、政府の方針は首都圏の防衛を最優先にし自衛隊を派遣するというもの。首都圏から離れた地方の人々は、息を潜めて魔物から隠れ、ただ救助が来る事を祈る。


 

 日が経つにつれて更に状況は悪化していく。魔物が発生してから五日。全国で電気やネット、ガスといったインフラが尽く破壊された。まるで魔物達は何かに指示されるかのように、人々の急所を的確に突いた。


 その結果、発展した世の中になったというのに、今ではラジオだけが全ての情報源となってしまう。たった数日の出来事。でも現代の人々が耐え切れずに精神が壊れるにはそれで充分な期間だった。


 だが、それでも地方の人々はまだ最後の希望を捨てていなかった。



 ——すぐに自衛隊が首都圏の魔物を倒して、次に地方の魔物を倒しにきてくれる筈だ。



 その淡い希望は……魔物発生後から7日目の4月8日の正午、日本政府の会見により打ち砕かれる事になる。


 

♦︎



 俺は家の自室で布団を頭から被り、ラジオを聞いていた。ラジオの音は最小限で、部屋の外には絶対に漏れないように配慮した音だ。

 そして、ラジオはノイズで聴きづらいながらも、政府の会見の内容を伝えている。



『世界各地に甚大な被害を出しているこの惨状について、駿河総理大臣より発表が有ります』


 進行をしていた人物から、駿河総理へと声が切り替わる。


『……日本国民の皆様、まず現状の報告をさせて頂きます。魔物、と呼ばれる存在は日本全国に発生しており、どの県であろうとそれに例外は有りません。今現在も自衛隊が力を尽くして対応を行っておりますが……状況は悪化する一方です』


『そこで、日本政府の対応ですが、自衛隊の防衛範囲を東京都内に縮小する事に決定致しました。今後は東京都内全域の奪還を最優先とします』


『この決定については日本政府としても非常に心苦しく、苦渋の決断です。ですが、現在の状況ではこれしか手段が無く……誠に申し訳ない……ッ!!国民の皆様、本当に、本当に……すみません……ッ!』


『で、ですが!希望を捨てないで下さい!!必ず、必ず皆様を救い出すと、ここに誓います!ですから……!』



 ——俺はそこまで聞いてラジオの電源を切る。そして布団を乱暴に跳ね除けて呟く。


「……ようは、効率良く大人数を救える首都圏を守って地方は見捨てるって事だろ?俺達に犠牲になって死ねって言っているようなもんじゃねぇか……」


 こんな事なら会見を聞かなければ良かった。それなら有り得ないとは分かっていても、僅かな期待でも抱けていた。

 そんな僅かな期待もこの会見により打ち砕かれ、俺達にはもう生き残る可能性は残されて居ないのだ、と理解した。


「はは……ははは……」

 

 口では笑ってはいるが、俺の目からは涙が止まらない。期待が打ち砕かれて、残るのは絶望感しか無かった。


 なあ、俺はこれからどうすればいい?だれか。だれか……教えてくれよ……


 

♦︎



 涙はもう枯れて、何かを喋る気力も無い。ただ呆けながら見慣れた自室の天井を眺めていた。



 俺は灰間はいま暁門あきと新潟で暮らしていて、本当なら今年から地元の大学に通う予定だった18歳。


 もしも都内の大学に進学していれば、俺は今頃都内で暮らしていただろう。それならもしかしたら生き残る可能性があったかもしれない。そう考えると何故地元に残ったのか、と後悔している。


 けれどもう全てが後の祭りだ。魔物がうようよいる中で、新潟から東京なんて行けるわけがない。高速道路も魔物に襲われた事故車が道を塞ぎ、一般道も同じような有様だ。

 可能性が有るとすれば飛行機か船か?現状では空と海では魔物が発生したとは聞いていない。


 ……ま、乗ろうと向かったところで、俺のような一般人を乗せてくれるわけが無いが。


 

 魔物が発生した当日、俺はその事をスマホのネットニュースで知った。最初はなんの冗談だよと笑っていたが、膨大にある量の動画やニュースを調べるうちに、現実だと理解した。

 それから一週間。俺はひたすら家に引き篭もっていた。魔物が怖くて外に出る事が出来ずに震えていたのだ。


 また、俺は両親と妹の四人暮らしなのだが、魔物発生直後は連絡がついたものの、二日目以降は全員連絡が取れない。勿論俺の送ったメッセージには未だに既読が付いていない。


 友人達に関してもそうだ。高校まで一緒だった腐れ縁の友人達三人。その内の二人はネットが繋がらなくなるまで連絡がついたが、一人は四日目の朝からメッセージが来なくなった。

 どうせ、スマホの電源が切れただけだろ?まったく、電源切れそうならそう言えよ。心配するだろ?

 

 ……なあ、そうだよな?



 自分にそう言い聞かせてはいたが、頭の中では理解していた。

 メッセージに既読が付かず、連絡が来ないという意味が。

 だがその実感は未だに湧かない。だから家族の事も、友人の事も出来るだけ考えないようにしていたんだ。


 けど……いや、考えるな。きっとどこかで生きている筈だ。どうせ、魔物に慌ててスマホを落としただけだろう。その内どこかで会って見慣れた顔を見せてくれる筈だ。


 やはり何もする事がないと余計なことばかりを考える。

 そして、動かなくても腹は減る。それに自宅にある食べ物は粗方食べてしまった。決して状況に楽観的だったわけでは無いが、意外と家に有る食糧なんて少ないもんだった。



 やはり、生きるには外に出るしか無いのか?


 俺には選択肢が二つ有る。一つは、もうどうせ生きれないと全てを諦めてこのまま衰弱死する事。かなり苦しいだろうが、魔物に食われるよりはマシか?

 もう一つは食べ物を探しに外に出る事。幸い自宅は住宅地で、隣の家まではすぐだ。隣の家は車が無いし恐らく誰もいない筈だ。それなら食べ物の一つくらいは有るだろう。


 俺はそこで気付く。今、泥棒とか強盗だとかそんな事は全く考えていなかった。緊急時だから仕方ないのだろうが、そう考えると……案外俺はこの状況に適応しているのかもしれない。


 

 ……適応。そう言えば、ネットが見れていた時に気になる情報が有った。それは、人が魔法のような特殊な力を使えるかもしれないというものだ。

 実際に動画にも上がっていた。手から石を出しているものや、人では絶対に無理な高さにジャンプしている動画。それを見て魔法だとかスキルだとか言ってた連中も居た。


 だが、俺はその中でもある呼び方に目を引かれた。


 

 ——それは。人々の希望の力ホープ


 

 本当にそんなモノが有るかは分からないが、魔物が現れる状況も既に超常現象なんだ。俺は有ってもおかしくは無いと思ってる。

 

 ファンタジーもののラノベの読み過ぎか?だが、日本政府に見捨てられた今、何かに縋るとしたらそれしか無い。もしかしたら、勇者みたいに魔物を駆逐してくれるかもしれない。


「……はあ」


 そんなあり得ない希望を語る時でも、俺は他の人に頼ろうとしてるという事実に気付く。


 けれど、俺は物語の主人公のような役柄じゃない。背景に溶け込んでいて会話一つも無いようなモブ。今までの人生もそうだったんだ、そう考えてしまうのが普通だろう。



♦︎



「さて、と」


 結局、俺の選んだ選択肢は食べ物を探しに外へ出る事だった。このまま衰弱死?どれだけ苦しいかは想像出来ない。

 魔物に食われて痛みに苦しみながら死ぬよりはマシかもしれないが、ここに引き篭もっていても良い事が起こる可能性が無いからな。


 俺の装備は右手に包丁、ベルトに金槌を刺し、背中にリュックサック。それだけ。

 殺されに行くような格好だが、他に武器や防具になりそうな物は家に存在しなかった。



 ——魔物について。


 ネットが繋がっていた時の情報だが、世界に出現した魔物はまだ一種類しか確認されていない。


 それは


 日本政府の発表のゴブリンの特徴。

 体長120cm程で、ナイフや鈍器を扱う知能が有る。ゴブリン同士で会話をしている様子もあって、群れも確認されている。力は成人男性に比べれば劣るが、その分機敏。そして人を発見次第襲ってくる。


 もし互いに素手同士で戦えば、体格の良い男性なら何とか勝てる程の強さ。だがゴブリンが人間と違うのは、迷いがなくこちらを殺す気で襲ってくる事。もしこちらが殺すのを躊躇すれば、間違い無く死ぬことになる。



 俺は玄関の前で深呼吸をした。二階から覗き込める所にはゴブリンが居ないのは確認済み。

 後は玄関から出て、右隣の家の裏にある掃き出し窓を割って侵入する。そのイメージは出来ている。


「……行くか」


 俺は玄関のドアを開けて隙間から首だけ出し、周囲を伺う。何も居ない事を確認して、足音を立てないようそっと外へと出る。そのまま忍び足で隣の家の裏側を覗き込む。


 よし、居ないな。


 俺はすぐに移動して金槌で窓を割るが、その時ガラスの割れる音が周囲に響き、かなり焦る。けれど、そのまま鍵を開けて家の中へと滑り込む。


「はぁ……はぁ……」


 緊張のあまり、ずっと息を止めていたようだ。移動中はそれほどに必死だった。僅か数メートルの移動にこれほど神経をすり減らすなんて。


 呼吸が落ち着き次第、家の中を物色する。食べ物に、武器になりそうな物。結果、残念ながら武器は無かったが数日食いつなげるだけの食糧は確保できた。


「……すいません。食べる物貰っていきます」


 誰かがいるわけでは無いが、少しだけ罪悪感を感じて俺は小さく呟いた。



 帰りも同じように窓から様子を確認し、外へ。足音を最小限にしつつ、自宅の玄関へ——と向かおうとした時だった。


 ……っ!


 家の玄関前に、一匹のゴブリンが居た。


 しかも死角の確認もせずに出た俺はすぐに見つかり、そのゴブリンと目が合ってしまう。


「あ……ああ……」


 頭が真っ白になり体が震える。咄嗟に戦おうと構える事なんて出来ない。


「ギャギャッ!」


 俺が硬直している中、既にゴブリンは迫ってきている。真っ白だった頭が次に感じたのは、恐怖。


「う、うわあああ!!」


 情けない声をあげながら、持っていた包丁を闇雲に振り回す。だがゴブリンは横から回り俺との距離を簡単に詰めてきた。


「ギャ!」


 距離を詰めたゴブリンが俺に飛びかかって来る。幸いゴブリンは武器を持っておらず、俺は地面に叩きつけられるだけで済んだ。

 だが倒れた衝撃で包丁を落とした。


 そんな俺に構わず、ゴブリンが次に取った行動は、俺の首を両手で締め上げる事。男性よりは細い腕の筈なのだが、俺の力ではそれを全く解くことが出来ない。


「カッ……」


 息が、苦しい。なんとか手で包丁を探そうとしても、場所が分からない。

 ——なら。


 俺は頭がクラクラする中、力を振り絞って体を無理やり起こす。そして立ち上がり、そのまま家の外壁へとゴブリンをぶつける。

 一度目じゃ無理、なら次は頭突き付きだ!


 壁に当たる衝撃と、俺の頭突きによってゴブリンの手が少し緩む。その隙にゴブリンの手を首から引き剥がし、俺はすぐに呼吸をする。

 俺は呼吸が出来て安堵するが、その隙にゴブリンは俺の横をすり抜けていく。


 ……何だ?


 俺が後ろへ振り返ると、ゴブリンは落ちている何かに飛び付いていた。

 それは——俺の落とした包丁だった。


 状況を理解した俺は焦る。もしゴブリンに包丁を手にされれば、素手の俺じゃ確実に殺される!何か、何か武器は無いのか!?


 迷っている間にもゴブリンが包丁を手にし右手に持ち、構える。

 しかも、ゴブリンはすぐに襲い掛からず、俺を嘲笑うかのように下卑た笑みを浮かべる。



 絶体絶命の状況に、俺は必死に考える。このままじゃ、死ぬ。


 そうして、死というものを間近に感じた——その時。

 突如俺の体の中に何かが流れ込んでくるような感覚。そして心臓の鼓動が異常な程に大きくなり、全身に血が巡るのを感じる。


 更に、時間の流れがゆっくりと流れるようになる。ゴブリンが包丁を振りかざし襲い掛かって来ているが、その動きはハエが止まりそうな程に遅く見える。

  

 ん?何だ、これ?


 俺の右手が暖かくなるのを感じる。それと同時に脳に情報が流れ込み、俺は瞬時に理解する。




 これが——俺の力。



 俺はゆっくりと流れる時間の中で、頭の中にイメージをする。それはとても精密と言えるようなイメージでは無かった。


 だがそれと同時に俺は両手を前に出す。狙いは、ゴブリンの頭。そして、俺は頭の中で強く願う。


 ——俺に、『威力』の有る『銃』を


 そう願うだけで、前に出している両手に無機質な感触と重さを感じ、俺は引き金を引いた。


 俺のイメージとは違う、軽い銃声。

 しかも銃から発射された弾は、白くて丸かった。更にその弾はゴブリンの頭を貫通する程の威力は無かった。

 だが、ゴブリンを怯ませるには充分な衝撃。弾を頭で受けたゴブリンは、その体を頭からのけ反らせる。


 ——そこで、時間の流れが戻る。



 俺は無我夢中で銃の引き金を引く。ゴブリンを弾を受ける度、痛みで叫び声をあげる。そして耐え切れないのか、包丁を落とす。

 俺は撃ち続けながら落ちた包丁を拾う。


 そして包丁を左手で逆手に持ち、ゴブリンの胸へと突き刺した。


「ギャ……ッ!」


 ゴブリンの一際大きな叫び声。地面には緑の血溜まりが広がっていく。それから、ゴブリンは動くのをやめた。


 俺は荒い息をしながらそれを眺めていた。すると、ゴブリンの体が灰になっていく。残ったのは灰と黒ずんだ血溜まりの跡。


 そこで俺はやっと実感が湧いてくる。


「俺は……勝ったのか……」


 俺はそう呟いて、その場に暫く立ち尽くしていた。



 ——こうして俺は魔物との初めての戦いを勝利で納めた。

 そして、『兵器作成ウェポンクリエイト』という強力な力を手に入れたのだった。

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