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ヒサシはおとべなおやを本当に殺害しようとしていた。盗撮オヤジをアリバイ工作に仕立て上げたのも事実だ。
ヒサシはおとべなおやが刑期を終えて出所することを事前に調べていた。
弟を死なせた男を殺すことで、なにか自分の中で変化が訪れるのではないか。家族というものを初めて知るチャンスではないか。
もしかしたらおとべなおやが死んだことによって母親が、正気を取り戻すのではないか。
その事で死んでいった弟も報われるのではないだろうが。
あまたの思念がヒサシを包み込んだ、横浜刑務所にほど近い道路の脇道から、おとべなおやが歩いてくるのを待っていた。恐らく近くの駅へと向かうはずだとヒサシは考えていた。
やがて遠くの方から半袖のシャツにジーパンといった質素な服装の男が歩いてくるのが見えた。スマホに保存した画像と見比べる、間違いなくおとべなおやだった。
運良く周りには通行人はいない、たとえ車が走ってきても路地に連れ込み手に持った刃物で数回刺せば事足りるとヒサシは考えていた。刃先をタオルでぐるぐる巻きにし、今だその恐喝さをあらわにしていない小動物のような小物は小さく震えていた。
その時、おとべなおやの後方からスーツ姿の男性が歩いてくるのが視界に入った。このままでは自分がかちあう地点で、その男性ともかち合ってしまう。犯行を目撃されることは必須だ。ヒサシはどうしたものかと思案する。徐々に3人の距離が縮まる。
ほかの2人からはヒサシの姿は目撃されていなかった。物陰から2人の様子を直視する。
スーツ姿の男性はスマホを何度も確認している。電車の時間でも気にしているのだろうか。
足早に歩き徐々におとべとの距離が詰まっていく。
きっちりと分けた七三の髪がジェルで固められたのか太陽の光を反射する。
手に提げたカバンを不意に持ち上げ中から何かを取りだした。
ギラりと反射したそのモノはヒサシの目をくらませた。目を背けたその瞬間にはおとべは背後から刺されていた。
仰向けに崩れ落ちていくおとべに容赦なくギラりとした何かが振り下ろされていた。
赤い鮮血が吹き出ているのが見える。
ヒサシの背後から唸り声のような音を上げて1台のセダンが猛スピードで走ってきた。
何事も無かったかのようにスーツ姿の男を車に乗せて、瞬く間に走り去って行った。
そこでヒサシも金縛りが解けたかのように、その場から急いで離れた。
目の前で獲物を奪われたという悔しさも、弟の仇が死んだという嬉しさも、感じなかった。
ヒサシはただただ、あのスーツの男の迷いのない決断に圧倒されていた。
その犯人も捕まったと報道されていたが、写真を見たとき別の人物だった。
おとべは元々暴力団員であったが、組の金に手を出し追われる身になっていた。
組から逃走をしていた頃、もう逃げ切れそうにないと感じ、殺されるよりは刑務所に入った方が安全だろうということで弟の乗っていたバイクに突っ込んだと警察は見立てた。
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