第17話 魔女の家はふしぎ


 それから垣根はおおきく門をひらいて、魔女を先頭にティッカとエㇽダがつづいて家のなかへと迎え入れられた。オオトカゲはどうしたかというと――魔女がくいっと顎を動かすと二メートルの巨体があっさり宙にうかんで、あとはなにもしないでもエㇽダたちのあとをついてきた。ほかの注文の品はティッカが運んで、リビングだか工房なんだかはっきりしない――たぶん両方兼ねるんだろうまんなかの部屋のおおきなテーブルのうえに置いた。


 はじめてはいる魔女の家。木とかづら椰子やしの葉とでつくられた高床式の家しか知らないふたりには、レンガづくりの壁に窓ガラスのはまった魔女の家はまるでおとぎ話の、神か妖魔か精霊の家のようだった。

 そうでなくともそこはなんともあやしい空間だ。テーブルにいくつもならんだガラスの容器のなかには妙な色した液体があったり、見たことないいきものが浸かっていたり。床を占領するのは夕陽をよこ顔に浴びて寝そべるベンガル虎。柱が動くと思ってよく見ると、そこには十メートルもありそうなアメニシキヘビが巻きついている。

「なんなのよこいつら?」

「用心棒。女のひとり暮らしって物騒だもの」

 しおらしく言いやがって、でもだまされないぞ。魔女をにらむと、どこから飛んできたのかオオイヌワシがその肩にとまった。いとしげに魔女がなでるおおきな羽なら、ひとひとりぐらいはかるく空へ持ちあげられそうだ。こいつも用心棒?

 今朝からのさわぎで魔女のすごさはさすがのエㇽダにもわかった。かのじょをおそって無事でいられる者などこの島にはいない。用心棒の出番は永遠にやってこないだろう。



「さあさ、のんびりしてるひまなかったんだわ、はやくとりかからなきゃ」

 ぽんと手をうち魔女はオオトカゲを見おろした。

「おともだちだって言うならしかたない、角は一個だけもらうことにするわね」

 エㇽダは祈るような表情だ。一方オオトカゲはここで命をおとしたとしてもそれが天命、とかえって泰然としている。

「心配いらないわ、うまあくりとってあげる。どこも痛くないし、きずもつけない。ぶじ剪りとれたら、肢のけがもなおしてあげよう」

 そう言ってごつごつの背中をたたいて、上きげんで魔女はわらった。


「ちょっと待った」オオトカゲのしっぽをひっつかんで止めるエㇽダ。「そのまえにサンガ返してよ。もういいでしょ?」

「ん? サンガならそこにいるわよ?」

「え?」

 魔女がゆびを指すのにつられてふりかえるとソファのうえにたしかにサンガはいたのだ、さっきまではだれもいなかったふかふかのソファに。ぜったいさっきはそこにいなかった。

「今日おぼえたばかりにしてはまあまあね」

 魔女の言葉にサンガは目をあげて、はにかむみでこたえた。髪が夕陽にすけ神々しいシルエット、それをだいなしにするすっごい勢いでエㇽダが膝にとびのった。ソファがゆれ、ティッカの視界から消えたサンガのからだは半分ソファのクッションのなか。

「どうしたのサンガ、これ魔法? すごいよまったく気づかなかった。すごいすごい!」

「おしえてもらったんだよ、魔女に」

 膝のうえでぴょんぴょん跳ねるエㇽダにお手上げって顔でわらって、

「気配を消す魔法。エㇽダがおつかいしているあいだにさ――今日はよくがんばったね」

 と頭をなでるとエㇽダもようやくおとなしくなった。

「すごいや……サンガも魔法、つかえたんだね」

 サンガの目までかかるながい前髪をかきあげると、奥から切れ長のすずしい目があらわれた。ふたごなのにまったく似ていないって言われる目。魔法もエㇽダは村いちばんの魔力をもつってのに、サンガはほとんどつかえないからあの子たちほんとにふたごなのって陰で言われてた。自分が褒められるのはちょっと気分がよくって鼻のあなもふふふんとふくらんじゃうけどそれでもサンガがばかにされるのはずっとすっきりしなかった。

「よかった……」

「魔女のおかげだよ」

 む。それはなんだか気に入らないぞ。あんなのに感謝しちゃだめサンガ。


 サンガを籠絡しやがったなあ、もんく言ってやる――ぐるんと魔女へと首をかえすと、テーブルのうえに乗った巨大な六角オオトカゲがおとなしく肢を魔女に触らせていた。おっと、そうだよオオトカゲ。サンガの魔法にびっくりしたおかげでオオトカゲのことわすれてた。ひとつのことを考えだすとほかのことをまるきりわすれてしまうのがエㇽダのわるいくせだ。なおしてあげなきゃ、折れた肢。

「なおった?」

「せっかちなお嬢ちゃんね。すこし時間はかかるけど、なおしてあげるから安心なさい。それより、サンガにおみやげがあるの。ちょっと待ってなさいね、すぐ完成させるから」

 そう言ってふりかえった魔女の手には、いつの間に剪りとったのか六角オオトカゲの角がひとつ、きれいに飴色の光沢をはなっていた。



 もう西日はすっかりつめたくなって、庭をセピア色に変えていた。川をわたる風もいまは凪いで、妖魔たちが活動するのにちょうどいいがれどき。アメニシキヘビはドーム状の天井にわたされた横木から下を見おろして、その見おろしたさきではさっき目ざめたベンガル虎がぐるぐる徘徊している。かれらのご主人さまは奥の部屋にこもって、まだ戻る気配がない。

 ティッカは棚に置かれたいくつもの妙ないきものたちの標本に夢中だ。

 ソファではエㇽダがサンガの肩に頭をのっけてまたうたた寝しちゃってるけど、虎も蛇も、油断しきってよだれ垂らしている少女を喰うつもりはなさそうだ。オオトカゲはもちまえの巨体でテーブルのうえをほとんど占拠して、ガラス瓶をはしっこの方へ追いやってしまっている。ときどきガラス瓶のなかで正体の知れない薬がこぽっ、と音をたてた。


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