水の匣 微糖

@Talkstand_bungeibu

第1話

○月×日

その巨大な水球の中へと私は入っていった。俯瞰で見ると水球であったが、ほぼほぼが水面でできている為そう思っただけであり、その中には砂で覆われた箇所などもあった。

水がある程度まとまった形をしているのは、引力や重力といった力が作用していることがわかった。

意識を移動し移動する我々にとってはこの地は監獄のようである。


○月×日

大変シュールなことだが、この水球の中にはさらに小さい水球が暮らしていることがわかった。その中の一人の意識を奪う。すると量にしておよそ5リットルの水球が私をとある一角に誘い出した。

この水球は異様に浅薄ながら思念を持っていることが分かった。この一角ではケイ素でできた器に注がれた水を飲む施設らしい。

水球が水球を吸収するというのも滑稽な光景だ。私も与えられた水分を摂取したが、そこで初めてアルコール分が入っていることに気づき、私の意識は不明瞭になっていった。


○月×日

この水球は極めて愉快だ。なぜ私達のように意識のみの姿にならないのだろうか。

水分のままでいるとやがて淀み、綻びが生じる。意識体のままなら淀むことによる物理的な欠陥が生じず、水球言うところの「ぼけ」とやらは来ない。水球を覆っている皮膜(これが整っていることをイケメンと言うらしい)の劣化を感じることもない。

小さい水球となってそれぞれが存在する事で生まれるコミニュケーションの分断、それにより生命の喪失がかなり大規模で起こっている事も知った。


○月×日

水球はひとえに不自然な存在だが二日前から観察している水球は極めて歪だ。他の水球には反応を示さないが自分が観察している時にのみ異様な思念の反応を示す。

現在私が覆っている皮膜のせいだろうか。どうやら水球は他の水球と出会うことで種としての情報をリレーしているようだった。水球らしい不完全な伝達法だ。


○月×日

水球が渡してくれた薄く平べったいプラスチック物質から出る音を聞く。

それは一定の感覚で共通の音が鳴ることで水球の思念の反応を高めるらしい。そしてそれに合わせて水球の声も含まれている。

これは一種の思念を焼きつけた物でもあるようだ。昨日確認した情報のリレー形式に近い。

だがこれも今は更新されることは無い。思念の持ち主はその皮膜が崩れる前に生を終えたようだった。

なぜ水球はこうも不便な存在の仕方をするのか。改めて疑問に感じた。


○月×日

水球は私をとある箇所へ連れ出した。大勢の水球達が集まり、空を見上げている。水球たちの思念は興味深いことに昨日観察した水球に近い思念の反応を示している。

しばらく待っていると空中でナトリウムの爆発が起きた。水球たちの思念の反応はもっとも激しいものになった。

何が原因か解明はまだ困難だが、その化学反応を見ているうちになぜ彼らが水球でいるのか。

密閉された水の箱のままなのか、理解できたように思える。


○月×日

別れの時が来た。世話になった水球はこれまでにはない反応を示したが。

彼としばらく一緒にいれば、彼の思念と同じ反応を示すことができたかもしれないが、私にはいくべき場所がまだ多い。

私は皮膜を脱ぎ去り、水の箱を後にする。

彼の皮膜が少し歪み、そしてどんどん小さくなり、点になり、水の箱もやがて見えなくなり、遥か向こうへと消えた。

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