本の虫
コオリノ
第1話 雨と少女と本
雨は嫌いだ。
濡れるのは勿論、ジメジメとしたこの空気。
そして何より、大好きな本の天敵でもある。
休日を利用し、馴染みの喫茶店で珈琲を飲みながら、大好きな本を読む、これが僕の日課だ。
なのに今日に限って……。
降りしきる雨天を睨みながら差していた傘をたたむ。
背後にはニコニコと可愛い笑みを浮かべる少女が一人。
こんな雨なのに何がそんなに嬉しいのか理解できない。
少女の顔を見て軽くため息をつきながら、喫茶店のドアを開く。
「いらっしゃいませ……」
やる気のないいつものマスターの声。
此方も見ずにコップを磨くマスターに軽く会釈し、ガラガラの店内に踏み入ると、いつもの指定席へと腰掛ける。
そんな俺の後に続き、少女も同じテーブル向かいの席に座った。
持っていたハンカチで服に付いた雨粒を拭い、鞄を隣の席に置く。
一息ついて窓に目をやった。
遠くで雷が鳴っている。
窓には水滴が次々と流れ、途中一つに交わり大きな川の様になって流れ落ちて行く。
その向こうには車のヘッドライトの光が雨で滲んで白く光っていた。
街全体が薄いベールに包まれている様だ。
本当によく降る雨。
本日二度目のため息をつくと、いつの間にかテーブルにマスターが注文を取りに来ていた。
「いつもので……?」
「ああ……はい」
返事を返すと、マスターはメモも取らずカウンターへと戻って行く。
お冷のグラスを手に取り一口含みながら、向かいの席の少女に目をやった。
相変わらずニコニコと僕の方を見ている。
どうしてこうなったのか。
あれはほんの気まぐれだったのだ。
この大雨の中、傘もささずに呆然と立ち尽くす黒髪の少女。
分かってはいた。
何となく……けれどほっとけなくて僕は持っていた傘を少女に差し出した。
その結果がこれだ……。
隣の席に置いた鞄を手に取り中から本を取り出す。
栞を挟んだページを開き、昨夜まで読んでいた箇所に目を走らせた。
が、やはり気になる。少女の存在。
本から僅かに視線を上げ、少女をチラリと見る。
相変わらず僕を見て微笑んでいる。
こんな雨の中、傘もささずにいた少女の衣服は、一切濡れていない、まっさらなままだ。
テーブルには僕一人分のお冷だけ。
ふと窓に目をやる。
水鏡となった窓には、不機嫌そうな僕の姿と微かに映るガラガラの店内の様子だけ。
「お待たせしました……」
気の抜けたマスターの声に振り向くと、テーブルに大好きな珈琲が運ばれてきた。
珈琲の香ばしい香りが、薄暗い店内に気怠い午前の空気を作り出す。
この一瞬が好きなのだが、今日はもうそんな気分にも浸れそうにない。
珈琲の湯気の先に見える少女。
さて、どうしたものか……。
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