第12話 絶対的正義感でもって悪を呼び込む
下の階から大声で葵を呼ぶ声がする。空はその声を聞いて頭が痛くなった。わざわざあの3人から離れるために金芝について出て来たのに、こんな所でもう一度あの声を聞くとは思っていなかったからだ。おまけに後からゾンビの唸り声まで聞こえてきている。このまま待っていれば金芝が戻って来て、全員で安全な場所に移動できるはずだったのに……。
言っている内容からして葵を助けに来たのは分かるが、何故ゾンビが寄って来ると知っていながらガラスを割って入って来るのか。他の方法だって考えられただろうに脳筋でヤルことしか考えられないのだろうか? ふつふつと湧き上がって来る雨鳴コウへの怒り。隣を見れば葵も複雑そうな表情をしていた。
「葵って雨鳴コウと仲良かったっけ?」
「ううん。少なくとも名前で呼び合うような仲ではなかったかな」
「そう」
という事は雨鳴コウは葵を純粋に助けに来ただけというわけでは無さそうだ。おおかた新しいハーレムメンバーにでも加えようってところだろう。前一緒に居た時はそんな感じはしていなかったけど、後から金芝に色々聞いたところによると私も雨鳴コウに狙われていたみたいだしね。こんな世界になってもそんな事ばかり考えてられるなんて余裕があって羨ましいことだ。
さて、そんな事よりもこれからどうするかだが、雨鳴コウの声が近づいて来ると同時にゾンビの声も大きくなってきているのが分かる、つまり既に一階に降りてからの脱出は困難と言ってもいいだろう。雨鳴コウが葵を助けた後どうやってここから脱出するつもりか知らないが、何も考えてない可能性は高い。
ここで取れる選択肢は二つ。一つはこのまま雨鳴コウがここに来るのを待って奇跡的にあいつが脱出する手段を持っていることを祈るか。それとも一か八かこの窓の外に続いている溶けかけの氷の滑り台を使ってショッピングモールに行き、金芝たちと合流するかだ。
私としてはどうしたいかはもう決まっている。当然、金芝たちとの合流だ。またあの家に戻って隣の部屋から聞こえてくる声を我慢する生活を送るなんてもう絶対にしたくない。けれどこれは私だけの決定で決められることじゃない。スバル君や葵がもしここに残りたいと言うなら私も我慢して残る。二人を置いて私だけ金芝のところに行くことなんてできない。
「二人ともこれからどうする? 私は雨鳴と一緒に居たくないから滑り台を使ってショッピングモールに行こうと思うんだけど」
「僕も赤坂さんと一緒にショッピングモールに行きたいです」
「私は……」
私がそう言うとスバル君はすぐに返事を返してくれた。だが葵はどうも迷っているようだ。それはそうだろう。雨鳴は親しくはなかったとはいえ知っている人間だ、だが金芝は朦朧とする意識の中で一瞬顔を合わせた程度でしかない。この状態でどちらを信用するかと言われれば、多少人となりを知っている雨鳴を選んでしまうのは当然の事と言える。しかしここで私たち二人が迷いなく金芝のところに行くと言っているので、二人とも金芝の事を信用しているという事が分かって、揺さぶられているのだ。
けれどあまり迷っている時間はなさそうだ。雨鳴の声もゾンビの声もかなり近づいているように感じる。少なくとも2階にはもう居るだろう。
「葵。不安なのは分るけど、雨鳴について行っていいことがあるとはとても思えないわ。私はつい最近まで一緒に居たけど、抜け出してきたぐらいだからね」
「……」
「残りたいなら私は止めない。だけどスバル君がショッピングモールに行きたいって言っている以上、私はショッピングモールに行くわ」
「……分かった。私も空とスバル君と一緒にショッピングモールに行く」
「本当にいいの?」
「うん。もし雨鳴君と合流できても空が居ないのは嫌だから。それに特に友達でもないのに勝手に名前呼ばれててちょっと気持ち悪いし」
「よし! 決まり! それじゃあ持ってく物をバッグに詰めてショッピングモールに行きましょう!」
持って行くものと言っても、ここには私たちが持ってきた水と食料以外には簡易的な救急セットしかないので準備はすぐに済んだ。そして皆でいざショッピングモールへと私が窓枠に足をかけたその時。私たちの居る部屋の扉の前から雨鳴の声が聞こえて来た。
「そこに誰かいるのか! このプレートの名前Aoi? 葵の部屋か! 葵! 中に居るんだろう! 助けに来たからこのドアを開けてくれ!」
とっさにジェスチャーで喋らないよう二人に伝える。二人はそれを見てうんうんとうなずき、音を立てないようにしゃがんだ。
「さっき声が聞こえてたから居るのは分かってるんだ! 今はゾンビ共も2階までしか来てない! 早く出て来てくれないと逃げられなくなる! もし逃げれない事情があるなら、せめて俺を部屋の中に入れてくれ! このままじゃ襲われちまう!」
勝手に来てゾンビを家の中に入れたくせにコイツは何を言っているのだろうか。そう思うと、さっき一度静めた怒りがふつふつと蘇って来て怒鳴りつけたくなってくる。私はそれをぐっと抑えて、いつでも滑り出せるように二人を静かに窓の近くへと移動させた。
「どうしてこの家に入って来たの?」
「その声……もしかして空か? お前急に探すなって書置きだけして出て行って、心配してたんだぞ!?」
「私、雨鳴君に名前で呼んでいいなんて言ったことなかったと思うんだけど」
「そうだったか? いや、そんな事今はどうでもいいだろ! 早く脱出しないとゾンビが多すぎて出られなくなる! 葵も一緒に居るんだろ? 出て来てさっさと逃げるぞ!」
「聞こえなかったの? どうしてこの家に入って来たのかって聞いたのよ?」
「ッ! たまたま立ち寄ったら二階の窓が割れててベランダの下にゾンビの死体が二つ落ちてたからだよ! 死んでたってことは中で誰かがゾンビを殺して落としたってことだろ? ここの家の家の表札に水原ってあったから葵の家だと思って助けに入って来たってわけだ」
「ふーん、でもそのおかげで割れた窓からゾンビが入って来たんだけど、貴方自分のしてることが本当に正しいと思ってやってるの?」
「当たり前だろ。人助けしようってんだから、正しいに決まってる!」
そう言い切ったコイツは確かに正義感を持って動いているらしい。だけど、それでこっちを危険に晒したのだという事を全く理解していないようだ。そんな男と一緒に居ればこの先命がいくつあっても足りない。正義感ぶって危険に突っ込むのはあの二人とだけやっていて欲しい。
「そう、でも私たちは貴方と一緒に行く気はないわ。さようなら」
「は? え、おい! 何やってんだ! 開けろ、空! 葵!」
ドンドンと扉を叩きながらそう言ってくる雨鳴を無視して、私、スバル君、葵の順番で氷の滑り台を滑って行く。外の気温はそこまで高くないとはいえ数時間放置されていた氷の滑り台は所々脆くなっていたようで、全員が滑り終えてショッピングモールの駐車場に着いた時には今滑って来た滑り台は所々崩れてもう滑れないだろうと言う状態にまでなっていた。
それにしても終着地点にゾンビが居なくて良かった。というより駐車場にゾンビの姿が全く見当たらない。かなり遠くには点のような感じで見えているが、それだけだ。
「赤坂さん、ゾンビが居ないなんてラッキーでしたね僕たち!」
「うん、そうだね」
ほんの数時間前に双眼鏡で見た時はでは結構な数のゾンビが居たとおもったのだが、それなのに今は全くと言っていい程居ない。あのゾンビたちは何処に行ったのか……。金芝がここに来た時に全部殺してしまったのだろうかとも思ったが、あの人がゾンビ全員を相手にしていたとは思えなかった。であれば考えられるのは一つ。
「ここに居たゾンビ達は、皆ショッピングモールに入って行ったってことか」
大型のショッピングモールとは言っても、あれだけのゾンビが入って行けば通る隙間は無くなっているだろう。金芝が今何処に居るかも分からないし、どの入り口から入ったら安全かも外から見た感じでは分からない。だから合流を狙うとするなら金芝がスバル君の家族を連れて外に出て来たタイミングがベストだろう。
「二人とも聞いて。この駐車場にはちょっと前までかなり大勢のゾンビが居たんだけど、それが今は居なくなってる。たぶんゾンビたちはショッピングモールの中に入って行ったのだと思うの。だから私たちはショッピングモールから金芝さん達が出てくるのをこの駐車場で隠れて待ちましょう。中に入るのは危険すぎるわ」
「えっ! け、けどそれじゃあもし金芝さん達を見つけられなかったら……」
「大丈夫よ。どうせあの人の事だから最後はめんどくさくなって派手に出て来ると思うし」
ドゴーン!!
そんな話をしている時。私たちが居た所から右斜め前に合ったゲームセンター付近の二階の壁が轟音と共に吹き飛んだ。
ほらね。
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