高校一年のなつやすみ

坂下真言

第1話

「セイッ!」

 ボクは思い切り拳を突き出す。それはゲーセンのパンチングマシーンの正中を捉えいい感じの手応えがあった。

「スコア七十二点っと」

 カリカリと鉛筆でスコアをノートに刻む。順調にパンチ力が伸びていて満足している。

「まーたそんな事やって……」

 田中がチャリのチェーンに錆止めをスプレーし終わったのかこっちにやってくる。

「うるさいなぁ。ボクは強くなるんだ!」

「なんのために?」

「強くなるのに理由はいるか?」

「そりゃいるだろ」

「じゃあ自衛のために」

「じゃあって何だよじゃあって……全く」

 田中は呆れ顔だ。まぁいい。ボクにとっては大事なモノだ。空手を習っているが思い切り周囲を気にせず殴れるのはゲーセンのパンチングマシーンくらいなモノだ。

 まぁそれでも田中のスコアには負けているのだが……。コレは大きな問題である。田中のヤツめ……。密かに練習しているに違いない。

「とりあえず行くか」

「そうだね。ボクも喉乾いたしコンビニ寄ってから帰ろう」

「あいよ」

 ボクと田中は連れ立ってチャリに乗りゲーセン帰りの田舎道を走る。もう学校は夏休みになっている。二人は所謂幼馴染という関係だ。高校まで全部一緒。クラスまで。まぁ田舎だから数クラスしか無いんだけど。

 今年で高校生になった。いろいろと夜遊びやらも出来る……のだろうか? 高校生最初の夏休みはゲーセンと空手通いになった。田中はガタイがいいから壁としてはいいんだが、強さという点においてはあまり興味が無さそうだった。いろいろと面倒なヤツである。まぁそれはお互い様かもしれないけれども。

「ゲーセンも空手も結構。宿題はちゃんとやるんだぞ?」

「わ、分かってるよ。ボクはもう半分くらい終わったし」

「お? 出来がいいじゃないか。俺の半分とシェアしないか?」

「乗った。ただ完コピはダメだからね」

「分かってるって」

 互いに宿題を交換する。ボクは理系だが田中は文系だ。お互いの得意分野を終わらせるのは定石である。これで苦手分野を補えるのならば安いモノだ。

 ただ高校に入ってからの分野、小論文については自力でやるしかない。苦手というか勝手が分からないので、どうしても読書感想文の感じで書いてしまう。

「田中ー。小論文のコツってなにー?」

「さぁ?」

 分かってないご様子。

「とりあえず適当に書けばいいんじゃないのか?」

「まぁボクもそれしか出来ないけどさ」


 田中と別れ家に着く。

「ただいまー。あつーい」

 あ、母さんがプリプリしながらやって来る気配がする。

「アンタねぇ。何時だと思ってるのよ……」

「そんな言う程遅くないじゃないかー」

 軽く抗議する。母さんの怒りボルテージが上がるのが分かるとこっちは下手に出るしかない。我が家の覇権を握っているのは母さんだ。

「全く、夏休みだからってあんまり夜更かししないの!」

 夜といってもまだ十九時なのだが……。それすら許してもらえないのか我が家は。

 部屋に戻り部屋着に着替える。ラフで涼しい格好だ。エアコンの電源も入れてパソコンに向かいインターネットの広大な海へと。

 適当な動画サイトやらブログやらで時間を潰す。

「さて。そろそろ寝るかな」

 エアコンにタイマーをセットしてボクはベッドへとダイブする。そして適当なぬいぐるみに拳を軽く叩き込んで寝るとする。明日は朝から鉛筆握って田中の宿題を写させてもらわないと。後はチャリのメンテだ。チェーンの錆止めをしないと。外に出しっぱなしだから手入れをサボるとすぐ錆びてしまう。仕方ないモノだ。まぁ一度錆びてしまったモノの錆落としは大変だから今のうちから錆止めをするのが正しい選択だ。

 そして悶々とする。寝付きは悪い方なので仕方なく寝返りしたり枕の位置を調整したりとしながらゆっくりと意識が落ちていくのを感じる。そしてブツンと意識が途切れた。


 夢を見た。何かボロボロの服を纏ったお化けが出てきて追いかけられる夢だった。田中も夢の中に出てきて泣いていた。そして意識が浮上する。アラームの音が聞こえる。

「うーん……」

 今日はなんだか眠い。いっそこのまま二度寝してしまおうかという誘惑が出てくる。だがその誘惑を跳ね除け起き上がる。

「つかさー。いつまで寝てるのー?」

 ボクの名前は斉藤つかさ。田中のフルネームは田中つかさ。同じ名前同士幼馴染として付き合って来たわけだが。同じ名前のせいで名前で呼び合う事は無い。とりあえず朝の早いうちに宿題を済ませてしまおう。

 冷たい炭酸飲料を飲みながら悠々自適に宿題を写すだけの作業。楽だー。鉛筆がスラスラと動くので田中と自分の相互補助はいいモノだと思い知る。

 無理して一人でやろうとしても悩む時間が増えるだけだろう。そういった点では不正ではあるが効率的な宿題の終わらせ方だろう。

 さて、お昼になった。今日は母さんも仕事なので自分で作る事にする。適当に冷やし中華にしようと思ったので作る事にしよう。

 暑い日は冷たい麺に限る。氷を乗せてキンキンに冷やす。

 昼を食べて、今日もゲーセンにノートと鉛筆を持っていく。もちろんパンチングマシーンに拳を叩き込むためだ。そしてそのスコアを書き込むノート。約一ヶ月前から書き続けているが少し上下はあるもののなんとか上昇傾向になっている。


「セイッ!」

 今日も拳を叩き込む。今日は暑さのせいか雑念が混じり正中を捉えられた感じはしなかった。そして表示されたスコアは六十八点。鉛筆でノートに刻む。そして夕方は空手があるので向かう。

 そんな感じで夏休みは過ぎていく。何かモヤモヤがあるのかスランプ状態に陥っている様だ。困ったなぁ。せめて田中のスコアは抜かしたいモノだ。もちろん本気の田中のスコアをだ。

「田中のスコアは九十二点か……遠いなぁ」

 目標は高い。だが届かない程でも無い。地道に努力努力。


「斉藤はさー。もう少し周りを頼ればいいと思う」

「なんでさ?」

「一人で出来る事はたかが知れてるし、人の協力あってこそ強くなれるモノだよ」

「そういうモノかなぁ……」

「まぁいずれ俺のスコアも抜く気なんだろ?」

「もちろん! いつかは抜いてみせるよ!」

「敢えて言おう。つかさは女の子なんだから強さよりも可愛くなれ!」

 田中は頬を赤くして言う。それを見て自分も恥ずかしくなってくる。

「それは……卑怯だよ」

「よかったら俺と付き合ってくれ! 後悔はさせない……と、思う。多分」

「ホント? ボクは弱いよ? 守って怪我しても知らないよ?」

「大丈夫だ。俺は強い!」

 この男。言い切った。まぁ女の子扱いに慣れていないのでとても恥ずかしい。

「よし、なら勝負だ!」

「なんで!?」

「いいから! 田中はボクより強いんでしょ!? だったら証明しろー!」

「でも女の子叩くわけにもいかんからパンチングマシーンのスコアな? で、俺に負けたら付き合ってくれ!」

 不承不承といった感じで受けて立ってくれた。


 やはり結果はボロ負け。そんなこんなで田中の彼女になりましたとさ。周囲からはつかさコンビと呼ばれ紛らわしいったらありゃしない。まぁそんなでも高校生としてリア充になったのかな……?

「なーつかさ」

「なにさ」

「俺今幸せだぜ?」

 ……バカ!

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