夜歩く
犬丸寛太
第1話夜歩く
夜歩く。
どうにも寝付けない夜。私は少し海を見に行こうと外に出た。
部屋を出てすぐに感じたのはいつもより少しむっとした空気。
そういえば今日は酷い夕立だったことを思い出した。
通りに出て、時折走る車のライトに目を少ししかめる。
ちかちかする目を空へ向けると、薄く雲がかかっているのか星は見えず真っ黒な光景が広がっている。記憶に新しいはずの眩しく真っ青な夏空が遠い過去の出来事のように感じ、まだまだ夏の盛りだというのに少し物悲しい気分になった。
田舎の港町というのは漁師たちがやたらめったら家を建てるのでかなり煩雑としている。
迷路と言うにはあまりに品が無く、廃墟と言うには例え夜中でも生活感に満ち満ちている。
古ぼけてチカチカと点滅する申し訳程度の明かりを頼りに私は漁師町の路地を暑さでぼやけた夏影のようにゆらゆらと歩いていく。
路地を縫うように吹き抜ける風が、寝付けないぼんやりとした頭をぬるく撫でていく。
人によるだろうが私はこの路地を吹く風を愛しいと思う。特に夜中鎮まった路地に吹く風。賑やかな夕方、今よりもっと栄えていたであろう頃、そんな明るい過去をほんの少しだけ残す、静かでほの暖かい風。
猫たちがなにやら集まっている。闇夜に光るいくつかの瞳は薄暗い路地にあってキラキラと輝く星のようだ。月並みだがそう思った。
私は星たちににらまれながら相変わらずふらふらと路地を進んでいく。
程なくして少し開けた場所に出た。開けたと言ってもせいぜい四方3~4mくらい。
真ん中には井戸がある。古ぼけた手押し式の汲み上げ機がなぜか堂々と鎮座している。
子供の頃よくここで遊んだものだ。
レバーをギコギコ上下にやると水が出てくる仕組みなのだが思い切りやればやるだけ勢いよく水が汲みあがるものだからそれが楽しくて夢中になっていた。
だいたいは近所の爺さんかでなければ婆さんに怒鳴られて退散した。
私は近づきレバーを軽く上下にやってみる。ひどくさび付いてとんでもない音が辺りに響いたのでそそくさとその場を後にする。後ろでバシャリと音が聞こえた。お元気そうで何より。
まもなく路地が終わる。そろそろ家に帰って横になろう。
まだまだ、寝苦しい夜は続く。今日の様にうまく寝付けない夜もまたあるだろう。
海はまたその時に。
私は来た道を通り家路についた。ふと見上げれば路地の狭い空にチラチラと星が見える。
明日も暑い日になりそうだ。
足元でミギャっと星が鳴いた。
夜歩く 犬丸寛太 @kotaro3
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