第10話 『フリーズ』

とある昼下がり、俺がいつものようにクエストを探している頃だ。


「なんっかいいクエストねぇかな〜」


肘をつきながらクエナビの画面をスクロールする。


いつもはラピセロさんが適切なクエストを提示してくれるのだが、最近クエストを管理している部署が何かと忙しいとのこと。


だから俺が自力で探してるってわけだ。

ギルドがある程度負担してくれるとはいえ、余裕で金欠にはなる。

その原因は前も話した通りだ。


コンコン。


誰かが俺の部屋をノックする。


「開いてますよ」


誰かはなんとなくわかってたが、念の為敬語を使う。


「お邪魔するわよ」


「邪魔するなら帰ってくれ」


案の定、俺の部屋を訪れたのはゼロだった。


「グレン、お金貸してくれない?」


はい出た。

ゼロ名物『無遠慮な発言』。 


「何に使うんだよ」


一応聞きはするけど、おおかた予想はついている。


「銃のメンテナンスと靴の新調」


あれ、意外とまともだな。

銃のメンテナンスは言わずともがなだし、ゼロの戦闘スタイル上、靴の消耗は激しい。


珍しく納得できる使い道だ。


「あとイヤリング買いたい」


前言撤回。


「銃と靴は買ってやる。だがイヤリングは自分で買え」


「もうそんなお金ないよ」


「こないだのクエスト報酬どうした」


「グレンにお金返すのにほとんど使っちゃったわ」


あぁ、そういえばあのクエストの後ゼロが金返してくれたんだよな。


「俺のせいか、悪い」


…………………………ん?


「いや俺のせいじゃなくね?」


「なかなか鋭いね。罪悪感を負わせてお金借りようとしたのに」


最悪だコイツ。


「どっちにしろ、俺も金ねぇぞ」


俺は手帳の所持金残高を見せた。

ゼロはしょんぼりとしながら、


「そっか〜。どうしよ?」


「その様子だとティリタには断られたみたいだな」


と言うと、ゼロはきょとんとした顔で


「え?ティリタ?」


「お前ティリタには金借りてないのか?」


「借りるわけないでしょ」


「俺にも借りるなよ」


まぁいっつも返してくれてるからいいけどさ。


「ま、とりあえずしばらくイヤリングは我慢するよ」


と言って、銃と靴代を要求してきた。

俺はその金をゼロに貸した。

手帳同士の赤外線通信で金の貸し借りができるという便利さ。

にも関わらず今まで問題が起きていないという安全さ。


簡潔に言うとマスターズギルドはヤバい。


「それで、今日はクエスト行くの?」


「いや、行くとしても明日かな…………」


そこであるクエストが目に止まった。

今のゼロに最も必要なクエストだ。


「お前にドンピシャなクエストが見つかったぞ、ゼロ」












次の日。

俺達はクエストに向かう馬車の中でだべっていた。


今回のクエストはゴブリンの群れの討伐。

6体ほどの群れらしい。

人里に下りてきては金品を盗んで森に消えていくを繰り返すゴブリンの群れで、とあるアクセサリー店が依頼主らしい。


こないだ宝石店からの依頼のトラウマもあるが、そんなこと気にしてられない。

それに報酬も美味しい。


「ゴブリンは群れで行動することが多いモンスターだよ。と言ってもそれぞれ役割があるとかそういうのはなくて、1人のボスとその他の斧持ちって感じかな」


へぇ。

ってことは俺が初めて狩ったゴブリンは特殊な個体だったんだな。


「それにしても…………まさか報酬にアクセサリー1個無料だなんて」


ゼロが楽しそうに笑う。

こういうとこは女子だな。


「タイミング完璧だったね」


「全くだ。お前が裏から手引いてるとしか思えねぇ」


なんて言って3人は笑う。


「…………あ、そろそろ着くみたいだよ」


手帳の地図アプリを見ていたティリタがそう言った。


あんまり関係ないが、この世界の馬車馬はトレーナーの言葉を理解できているらしく、


料金を払う→トレーナーに行き先を伝える→トレーナーが馬に行き先と客を教える


これだけで自動で目的地まで運んでくれる。

なんなら止めておけば帰りに自動で街まで送ってくれる。

技術進みすぎじゃないですか?


と考えているうちに目的地にたどり着いた。


「ここ、ほんとに目的地?」


ゼロはどうやら違和感がしたようだ。

まぁ確かに不自然ではあるな…………。


「位置的に間違いはないはずだけど…………」


「なんか、変だよな」


目の前にあったのは、木でできた大きな家だった。


「廃墟…………なのか?」


「いや、そうは見えない。木の色や劣化具合から見てもこれはかなり最近作られたものだ」


「ってことは…………ゴブリン達がこの家を建てたってことなの?」


「……そう、なるね」


ティリタは冷や汗を一筋かく。


「どちらにせよ、乗り込むしかないだろ」


俺は右手に手袋を深くはめる。


「とっととイヤリング貰いに行くわよ」


ゼロも太ももから銃を取り出し、弾丸を詰める。


「じゃあ……行こうか」


ティリタは怯えた手で杖を強く握る。


俺達は家へ向かってゆっくりと歩いた。


窓から中を見ると、ゴブリン達はリビングで一列に並んでボーッとしている。


「俺が扉を蹴破る。それで中のゴブリンの気を引くから、その隙にゼロは突っ込め。ティリタはゼロの援護を頼む。俺は後ろから魔法を放つ」


「あの程度の射程で?」


「うるせぇな」


「というか、グレン。扉を蹴破るなんてできるの?」


俺はフフンと笑った。


「俺のSTRはこういう時の為にあるんだよ」


俺は脚を後ろに引き、扉目掛けて思いっきり振った。

ガシャンと音を立てて粉々になる扉を見て、ティリタは目を輝かせていた。


一応前世で人を蹴り殺したことはあるが、どうやら敵ではなく物に対してなら拳や足は『武器』ではなく『道具』と認識されるようだ。

攻撃時にのみ『武器』と判断され、デメリットが発動するらしい。


それならサバイバルナイフも『道具』判定でいいと思うんだけど。


「多分今のでゴブリンの気は引けたはずよね。じゃあ行ってくる」


ゼロは素早く屋内に入っていった。


「俺達も行こう」


俺とティリタはゼロに続いて中に入った。


ダダダダダダダダダ!!


ゼロのガン=カタの音がリビングから響いている。

俺とティリタは顔を見合わせて、リビングに向かった。その時。


「きゃっ」


「わっ」


リビングから出てきたゼロとぶつかった。


「おぉ、ゼロ。どうした?」


ゼロは無言で後ろのリビングを指差した。


恐る恐る見てみると、そこにはゴブリン6体の死体が転がっていた。

全て、頭を撃ち抜かれての死亡だった。


さすがだな、と感心していると、


「…………おかしいと思わない?」


ゼロ本人が言った。


「このゴブリン達、グレンが扉を蹴破った音にも反応しないでここでボーッとしてたじゃん」


確かに、扉を蹴破っても出てこないのは不自然だとは思った。


「私が銃を撃っても、ゴブリン達は振り向きもしなかった。それにこのゴブリン達、武器を持っていない」


言われてみれば確かに、ゴブリン達はみんな何も持っていなかった。


「でもまぁ……ゴブリンの討伐はできたからクエストクリアだよ。一度帰ってエスクードさん辺りに相談してみよう」


「そうだな、帰るぞゼロ」


ゼロはいまいち納得いかなそうに頷いた。


俺達が家を出た辺りで、ゼロが言った。


「最初にも思ったんだけどさ…………この家、廃墟って感じではないよね?」


「そうだね。僕が見た感じ、木も腐敗してないし、廃墟ではないと思う」


「で、さっきも言った通り、ゴブリン達は何かに取り憑かれたようにボーッとしていた」


「あぁ。倒しやすくて何よりだ」


ゼロは一瞬ためらったが、それを言った。


?」


ハッとした。


そもそもゴブリン自体、知能が低いモンスターだ。6匹いたところで家を建てられるとは思えない。


「ってことは……この家は人間が建てたってこと?」


ティリタの問に、ゼロは頷く。


もしそれが本当なら、一体何のために…………。


そう言おうとしたとき、俺達の目の前の森から男が現れた。


「あぁ?なんだテメェら…………」


やっぱり一番恐ろしいのは、モンスターではなく人間なんだな。

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