第34話 君がどんなだったか教えて その2
「……結愛はどうして、アルバムなんか見たがったんだ?」
俺は、閉じたアルバムを片手で積み重ねていく。もはやぴったりくっついてはいないのだが、結愛は俺の隣でぺたんとカーペットに座っていた。
「だってー。私、今より昔の慎治のこと知らないし」
結愛は言った。
「昔の慎治がどんな感じだったのかわかるのがあればなーって思ったんだけど、いっぱいあってよかったよ」
にこやかな笑みを浮かべる結愛の肩から、長い髪がサラサラとこぼれた。
満たされたような表情を前にして、俺なんぞの過去を知って何が面白いんだ? と卑屈で照れを誤魔化しそうになるが、ここは結愛の厚意を素直に受け止めておくべきだろう。
誰かに見せるためにこれまで写真を整理してアルバムにまとめていたわけではないが、熱心に見てくれる人がいてくれて、俺は嬉しかった。
「じゃあ、今度は結愛のもなんか見せてくれよ」
縁側へ続く窓に視線を向けながら、俺は言った。
「今の私なら、慎治に隅から隅までぜーんぶ見せてあげられるんだけどなー」
床に手をつけて四足歩行動物みたいになりながら、結愛がこちらの耳元に唇を寄せてくる。体勢のせいで、襟元が重力に負けてブラチラしそうになっていた。
「やめろ、そういうのやめろよな……」
たまにだが、一度『だったら見せてもらおうじゃねぇか! ぐへへ!』と悪漢みたいなことを口にしながら結愛の悪ふざけに乗っかってやろうなんて考えることもあるのだが、何度シミュレートしてもそんなことをすれば結愛の信頼を失うだけなんだよな。
案の定、結愛はアルバムを見ていた時と同じように俺にぴったりくっつき直してきただけで、そこから何らかのエロいことが行われる気配はなかった。俺からすればこうして腕同志が密着しているだけでも十分エロイベントなんだけど。
「まああれよ、昔の慎治がどんなだったのかなーって気になってたのはホントなんだけど、理由は他にもあるんだよね」
なんだ? と訊くと、結愛はこう続けた。
「私さー、明後日、お盆でちょっと実家戻るじゃん?」
そういえば、そうだった。
結愛は、俺と紡希が、お盆で彩夏さんの墓参りをするのに合わせて、実家に帰るつもりだと、前から言っていた。
「慎治のさぁ、なんか写真1枚くらい貸してくれたらなぁって思って」
結愛にしては珍しく、もじもじしていて俺と視線を合わせようとしなかった。俺から離れることもなかったけれど。
「なんていうの? お守り代わりっていうかー。スマホで撮ったのじゃなくて、カタチになったもので一枚ほしいんだよね」
もしかしたら、こちらの方が本命だったのかもしれない。
「俺のでよければ」
断る理由はなかった。
俺の写真なんぞ効力があるのかは不明だが、結愛が必要としているのなら、ちゃんと意味があるのだろう。
結愛にとって、少しの間とはいえ実家に戻るのは勇気がいることだろうから。少しでもその助けになるのであれば俺だって協力したい。
「いいの!? マジで!?」
「もったいぶるほど貴重なモノじゃないしな」
思ったよりずっと喜んでくれて、俺は少しばかり驚いてしまった。
結愛は、鼻歌を交えながら、閉じたアルバムを再び開き始める。
「じゃあ、これにしよっかな」
結愛が選んだのは、俺が中学校3年生の頃のアルバムだ。
俺は、今通っている学校の正門前にいて、そこで一斉に張り出された合格者の一覧が乗った掲示物を指差している。
「めっちゃめでたい感じするし?」
嬉々として、結愛は写真を抜き取る。
「慎治が受かってくれなかったら、私とも会えなかったわけだしね」
「待て。それは逆だろ。結愛が受かってなかったら、だろ?」
学力的に言えば、俺より結愛が不合格になる方がずっと可能性が高いぞ。
「どっちでもいいじゃん」
結愛は、写真を手にした方とは逆の手で俺の手を握る。
「おかげで、こうやって一緒にいられるのは同じなんだし」
それは、そうかもしれない。
俺は改めて、今の学校を選んでよかったと思った。
受験校を選ぶ時、俺は迷っていた。候補がいくつかあったからだ。偏差値的なことで言えば、俺はもっと上のランクの学校でも十分に合格圏内だったから。
それでも、今の学校を選んだのは、当時からすでに不穏な予感があった紡希の家庭事情を考えてのことで、自宅から自転車で通えることが大きかった。親父はあの頃から、紡希が名雲家に来ざるを得ない可能性を口にしていたからな。
「それに、この写真の慎治ってめっちゃ嬉しそうだよね。私と会えちゃうこと予知しちゃってた?」
「未来予知ができるならもっとまともなことに使ってるよ」
「なにそれー」
酷いなぁ、と言いたげな反応をしながらも、笑ってくれるのが結愛らしい。これが桜咲ならチョップが飛んできかねないぞ。
だが、案外結愛の言う通りなのでは、と思えてしまった。
俺は入学前から、ぼっち生活になることは覚悟していた。中学までは学校内で話す相手はいたのだが、あくまでそれは小学生時代から持ち上がりで、周りがみんな幼馴染みたいな状況だったからだ。
学区内の学校に通っていた中学と違って、高校は色んなところから集まってくるから、中学までの人間関係はほぼリセットされることは必至で、新たな友達ができるイメージなんて沸かなかった。
その上、偏差値的には余裕がある受験校での合格を勝ち取ったわけで、親父の前で満面の笑みをサービスしてやるほど嬉しそうにはしないはずなのだ。
結愛と関わることができて、紡希にも安心できる場所をつくってやれる未来が待っているのだと、写真の中の俺は知っていたのかもしれない。
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