第16話 中学生組のなれそめ その2

 中学生組におやつを持っていくついでに、紡希がどれだけ楽しく過ごしているか確認しようとしたのだが、結愛がトレイを持って行ったせいで口実を失ってしまった。


「慎治も混ざってく?」


 階段を上っていく途中で結愛が振り向いて、そう言ってくれたおかげで助かった。


 紡希の部屋に入ると、自分の家だというのに何だか緊張してしまう。紡希の部屋は見慣れているものの、この場に百花ちゃんがいるからだろう。


 明るい栗色の髪で、メガネをかけていて、ほっそりした体型の高身長女子である百花ちゃんは、常にタブレットPCを持ち歩いていた。ちょっと空き時間があればペンタブを使ってイラストを描いている。


「そろそろマンガに挑戦してみたいんだよね」


 紡希の向かいに座る百花ちゃんが、穏やかな声音で言った。


「いきなり30ページとかは無理そうだから、シイッターで上げる用の1ページくらいのマンガから始めようかなって」

「百花なら、余裕だわ」


 例のモードに入っている紡希が言う。


「バズって人気イラストレーターから人気漫画家にクラスチェンジね」


 紡希は、自分のことのように得意気だった。

 夢いっぱいな中学生組である。


 とはいえ、百花ちゃんは中学生にしてシイッターのフォロワー数が20万人を超えている人気者だから、決して夢物語ではなさそうだ。


「2人は仲がいいなぁ」


 俺は言った。


 2人は、互いを補い合ういいコンビに見えた。


 引っ込み思案なところがある百花ちゃんを引っ張っているのは、紡希だろう。百花ちゃんは、実力はあってもガンガン前に出ていくタイプではないからな。桜咲萌花おうさきもかという本名ではなく、伊丹百花というSNS界隈で有名なペンネームをリアルでも持ち出して、自信を付けさせようとしたのも紡希らしいし。


 その一方で、学校では経験豊富なキャラを演じて危なっかしい紡希がボロを出さないように陰ながらフォローをしているのが百花ちゃんだ。2人が揃っていることで上手くいっている。


「慎治兄さん、あたりまえでしょ?」


 たいして長くもない髪を払うような仕草をして、紡希がドヤ顔をする。


「わたしと百花は、結愛さんと慎治兄さんくらい仲がいいから」


 と、そこまで言って、百花ちゃんの前ではクールぶろうとする紡希の頬が紅潮した。


「仲がいいの種類が違うわ!」


 バン! とローテーブルに両手をついて立ち上がり、セルフツッコミをする紡希。


「いやわかってるから……」


 ていうか俺だって別に2人が百合百合しているとこ想像しちゃいないんだが。


「私とつむちゃん、仲良くなったのは中学生になってからなんですよ」

「へー、意外。もうずーっと前から仲いいみたいだから、小学生の頃から仲良しなのかと思ってた」


 結愛と同じく、俺も百花ちゃんが告げた事実に驚いていた。


「尖ってたわたしに声を掛けてくれたのが、クラスメートになった百花だったの」

「えっ、尖ってた……?」


 俺は戸惑った。


 よく考えれば俺は、紡希の学校生活までは、恥ずかしながら把握していなかった。


 彩夏さんが元気だった頃はともかく……中学に入ってからの紡希は、どんな生活を送っていたのだろう? 紡希の口ぶりから、どうしても気になってしまう。気楽なものではなかったのは確かなのだろうが。


 尖っていた、というあたり、紡希にとってデリケートな問題であるはず。

 うっかり地雷を踏んで、せっかく築き上げた関係性を壊すようなことはしたくない。


「わたし、1年生になったばかりの頃は、教室ではほとんど話さなかったのよ」


 驚くことに、紡希の方から教えてくれた。


「あの時のわたしは、お母さんのことで悩んでたから」


 彩夏さんのことが出てきてピリつく俺を他所に、紡希は穏やかに当時を回想する。


「周りの子がなんにも悩まないで生きてるみたいに見えて、わたしの方からみんなを遠ざけちゃってたの。百花が声をかけてくれなかったら、わたしは今も同じことをしていたわ」


 紡希は、向かいの百花ちゃんに微笑みかける。大人ぶったキャラを演じていることすら忘れて、いつも俺の前でそうしているような、自然な笑みが出ていた。それだけ百花ちゃんを信用しているということだろう。


 どうやら紡希の大人ぶったキャラは、みんなから大人っぽく見られたい、という背伸びしたい年頃の可愛らしい理由ではなく、尖っていた時代の名残だったらしい。


 たぶん、百花ちゃんと友達になれなかったら、紡希は名雲家に馴染むことだって難しかっただろう。学校生活が紡希のメンタルに及ぼす影響は大きいだろうから。百花ちゃんには感謝しかない。


「つむちゃんの話、ちょっと違うよね。つむちゃんが先に私に関わってくれたおかげで、仲良くなれたんだから」


 不思議そうな顔をするのは、百花ちゃんだった。


 紡希の話と食い違うな。


「ねー、結局どっちが本当のことなの?」


 にこやかに突っ込んでいくのは、結愛だった。興味津々って顔をしてやがる。


「2人がどうやって仲良くなったのか、もっと知りたいなー」


 結愛のことだから、空気が悪くならない勝算があって訊ねたのだろう。能天気な陽キャギャルに見えて、色々考えているのが高良井結愛だ。


「あの、私、小学校の時にいじわるされてたクラスメートの男子と、中学でも同じクラスになっちゃって、嫌だなーって思ってたんですけど」


 百花ちゃんの答えに、いじめの波動を感じた。


 流石の結愛も勝負所を見誤ったか? 俺は冷や汗をかきかけたのだが……百花ちゃんの表情に陰はない。


「でも、つむちゃんが助けてくれて。『これ、わたしの伯父。呼べば飛んでくるから。痛い目にあいたくなかったら、その子にいじわるしないことね』って、スマホの写真見せたら、その男子が『シ、シルバーグ! 連勝怪人シルバーグじゃねぇか!』ってびっくりしちゃって、それからはいじわるもパタッと止んじゃったんですよ」

「たしかに、そんなこともあったわね」

「だから、先に声をかけてくれたのはつむちゃんなんだよ」

「百花と仲良くなったから、わたしがそいつを追い払ったの。だから絶対、百花が声かけてくれた方が先」

「え~、つむちゃんの方が絶対先だよ~」

「絶対絶対、百花の方が先! 百花はわたしよりずっとずっと優しいから!」


 お互いに譲ることなく、恩人の押し付け合いが始まる。


 やがて2人は、恩を分け合うことに結論したようだ。


 俺はその微笑ましいやりとりだけで、どちらが先かなんでどうでもよくなっていた。


「でも、あの時つむちゃんがどんな魔法使ったのか、未だに気になってるんですよね」


 百花ちゃんに視線を向けられると、紡希は照れくさそうにそっぽを向いた。


「おじさんに抱っこされてる昔の写真を見せただけよ」

「つむちゃん、その写真見せてくれないんだよね」

「ちっちゃい頃のだし、恥ずかしいし、スマホももう新しいのにしちゃったからここにはないわ」

「ねー。連勝怪人シルバーグってなに?」


 結愛が不思議そうに首をひねる。


 結愛には悪いが、俺は紡希がどんな『魔法』を使ったのかわかってしまった。


 連勝怪人シルバーグは、親父が昔、ニチアサの特撮番組で演じていた悪役だ。


 他の悪役どころか、ヒーロー側の役者よりずば抜けてデカい上に迫力があるせいで、当時リアルタイムで視聴していたちびっ子、特に男子たちは、最凶の怪人シルバーグにヒーローたちが全員蹂躙されてしまうと恐れおののいたそうな。


 親父は年季の入った特撮オタだから、子どもの頃から憧れていた番組に出演できて気合が入りすぎちゃったんだろうな。


「……あの親父は人知れず人助けしてんだな」


 百花ちゃんの姉である桜咲は、妹が推しに助けられたと知ったら驚くだろうな。


 紡希は、親父が映った写真を見せてはいないようだから、百花ちゃんが昔の特撮番組に強い関心を示さない限り、妹経由で姉に俺の親父の正体が伝わることはないだろう。


 桜咲には助けられたこともあるし、俺の親父の正体が推しと判明しようが構わない気もするのだが、桜咲の熱心な名雲弘樹オタっぷりを思うとやっぱり面倒だな。


 改めて、紡希を転校させなくてよかったと感じた。


 本来なら紡希は、名雲家に来るにあたって、うちの学区の中学に通わないといけなかったのだから。


 校長相手に熱心に交渉してくれた親父に感謝だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る