第15話 中学生組のなれそめ その1

 夏休みも2週目に入った頃。


 我が家に客が来ていた。


 紡希の親友にして理解者にして協力者である、伊丹百花いたみももかちゃんである。

 百花ちゃんは、2階にある紡希の部屋にいる。


 俺は、客へのもてなしとして、2人のために麦茶を持って行こうとしていた。


「慎治、上に持ってくの?」


 結愛が、リビングにひょいと顔を出す。


「ああ、何もしないってわけにもいかないから」


 それまで結愛も紡希の部屋にいたのだが、トイレか何かで1階まで降りてきたのだろう。


 この3人は、年齢差こそあれど女子同士ということでウマが合うのか、仲が良かった。紡希はもちろん、百花ちゃんからしても結愛は憧れの存在らしいからな。中学生組からすれば望むところなのだろう。


「じゃあ私が持ってくよ」


 いつものように、結愛は俺の腕を気遣って手伝ってくれようとする。


「最近、だんだん腕の調子がよくなってる気がするから、これくらいは平気だ。この状態での腕の使い方にもだいぶ慣れたしな」


 俺は、台に見立てたギプスの上にトレイを乗せる。トレイの端を胸に押し付けるような配置にすれば、きっちりバランスを取ることができた。


「ほらな?」

「でもグラスの中の麦茶、めっちゃ揺れてない?」

「……大丈夫だ。勝手知ったる自分の家。なんでもないところで転んだりしないから」


 結愛に指摘されると、確かにちょっとした地震が来たのかと勘違いしそうになるくらい揺れていて、自分で思っているよりも安定感はないのかと思ってしまう。


「私が作ったマカロンも一緒に乗ってるんだけど。百花ちゃんに食べてもらう前に水浸しになるのはちょっとねー」


 手を後ろで組んだ結愛が、半眼になって疑惑の視線を向けてくる。


「じゃあこうしない? 私がおぼん持つから、慎治は私の腕支えて?」


 俺の頭の中が疑問符だらけになったよね。

 だったらもう結愛が持っていった方がいいんじゃない? って。


 でも、結愛なりに俺の意思を尊重しようとしている結果なのだろうから。


「……そうするわ」


 結愛の案に乗るしかなかった。


「そうだ、腰をぎゅっとして支える感じにしちゃう?」


 俺からトレイを譲り受けた結愛は、さらなる疑問符を量産するような発言をする。


「だって、百花ちゃんの前に出るんだよ? しゅきしゅき大しゅきな恋人っぽい感じじゃないとダメじゃない?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ始めた。


「えっ? その約束、まだ生きてたのか?」

「うん。百花ちゃん、私たちのことにまだ興味津々だよ?」


 なるほど。どうしたもんかね。


 俺と結愛は、『紡希は男女の機微を心得た大人である』ことを証明するために、百花ちゃんの前では特にイチャつかなければいけない、と、紡希と約束したことがある。


 百花ちゃんは、紡希が大人ぶったキャラを演じているのは見抜けるのに、俺たちが紡希を安心させるために『恋人』のフリをしていることは見抜けないらしい。


 もしかして……鋭い百花ちゃんをもってしても、俺と結愛は、ウソとは思えないくらい『恋人』として成立しているということでは?


 いや、百花ちゃんは精神が大人だ。あえて指摘していないのだろう。


「いいの? 中学生の夢を壊すようなことしちゃって?」

「俺を試そうとするな」


 訊ねてくる結愛だが、こうなった時の結愛はもう結論が決まっちゃっているんだよな。


「わかった。イチャついてみせよう」

「そうこなくっちゃね」


 結愛の満面の笑みを見ていると、恥ずかしさを抑えて同意した甲斐もある気がした……のだが。


「おい、その姿勢やめろ」


 どういうわけか結愛は、トレイを持ったまま少し前傾姿勢になって、尻を突き出すような格好になっていた。


「なんか問題あるの?」

「それじゃ後ろから支えられないだろ……尻にくっつくだろうが、姿勢の都合上……」

「えー、なにがどうなっちゃうの?」


 くそー。俺の口から言わせようとするなよな。


「イチャついたとこ見せるんなら、それくらいやった方がよくない?」


 結愛め。紡希との約束を盾にして、俺に準痴漢行為を働かせようとしてない?


 そこで俺は閃いた。


「慎治、なんかめっちゃ硬いの当ててきてない?」

「ギプスだよ。それともギプスは反則だとでも言うのか?」


 ギプスでワンクッション入れれば、俺は結愛の尻に触れることなくトレイを支えられるというわけ。


「慎治って、恥ずかしがるところはぜんぜん変わんないね」


 結愛が言った。


「そりゃあな。結愛みたいにはできないって」


 俺が恥ずかしがるたちなのとは別に、結愛はあくまで仮の『彼女』なわけだし、俺の方からあまり思い切った行動に出るわけにもいかない。


「慎治とは、もう何度か一緒に寝たことあるけどさー」


 結愛が振り向く。


「なんか、仲がいいだけの姉弟みたいだね」


 これが、本当に恋人同士だったら深刻に受け止めないといけないのだろうが、結愛の声のトーンはいつもの軽い調子だった。


「まー、それもいいかなって思う時あるんだけどね」


 トレイを手にしたままの結愛は、俺より先に階段を上っていった。

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