第13話 悪友は夏休みでもブレない その1

 夏は、暑い。

 そして、うるさい。


 短い命を燃やし尽くすかのように全身全霊で鳴く蝉の声が、ではない。


「はぁ!? 結愛っちと夏祭り行くの!? 瑠海るみも行く!」


 校則違反上等のピンク色の髪を2つ結びにした小柄な同級生女子……桜咲瑠海おうさきるみのことだ。


 あまりのデカい声に、いっそ教えない方がよかったかなぁ、とすら思ってしまう。


 けれど、心優しい紡希は、仲良しの百花ちゃんも夏祭りに誘う気でいた。まあ百花ちゃんだけなら問題ないにしても、妹の引率としてこのプロレスオタクの姉までくっついてくる可能性は高いわけで、桜咲にだけ秘密にしておくわけにもいかない。何も伝えないでいるのも、仲間はずれにしているみたいで感じ悪いしな。


 正午をちょっと過ぎた時刻だった。


 この日は、結愛はバイトへ行き、紡希も百花ちゃんと遊びに行き、俺も勉強が一段落ついたので、夏祭りに参加する予定の報告を兼ねて桜咲のバイト先の様子を見に来たのだった。


 もちろん、桜咲のところへ行くことを結愛には告げてある。結愛は、俺の実際の状態以上に左腕に不自由していると思っているから、勝手に1人で出歩きでもしたら過剰に心配するだろうからな。予め話を付けてきたのだ。


 桜咲が休憩に入ったことで、以前桜咲から奢ってもらったことがあり、TKドームの近くにあるこのファストフード店に来ていた。


「やっぱり来るのか。夏祭り」


 程よく冷房が効いた店内で、ストローでジュースをすすりながら俺は言った。


「なにそれー。瑠海に来てほしくなかったの?」


 桜咲も同じように、ジュースをすする。真似するなよな。


「腕が動かないのをいいことに、どうせ結愛っちに頼りまくりなんでしょ?」


 俺のサポートのために、結愛が名雲家に滞在中なことは、桜咲も知っていた。


 桜咲は、俺と結愛が付き合っていると勘違いしている1人だ。俺は桜咲から、結愛の彼氏に相応しいかどうか、ずっと査定されていた。


 夏休みに入る直前、結愛が仲良くしている陽キャグループのメンバーが結愛に告白し、振られたことによって、結愛の人間関係がギクシャクする恐れが生まれたことがあった。俺がウソの理由をつくりあげてまで体を張って結愛の居場所を守ったことで、桜咲もある程度は俺を認めてくれたようなのだが、未だに厳しい目を向けてくるのは変わらない。


「だったら、瑠海に声かけてくれれば、結愛っちの負担も減るじゃん?」

「えっ? 桜咲さんまで俺のサポートしてくれるつもりだったの?」

「あたりまえでしょ。これでも一応、心配してたんだからね」

「そっか。気を遣ってくれてありがとうな」


 親友の結愛を大事に思うあまり、『彼氏』である俺へのあたりが強い時がある桜咲だが、桜咲がいなかったら、俺は無事に夏休みを迎えることができなかった。厳しいが、頼もしいところもあるクラスメートなのだ。


「瑠海も名雲くん家で暮らしてあげよっか?」

「それは結構です」

「なんで即答なの」

「怪我した直後、俺の腕の心配より、これで遊ぼうとしたことを忘れてないぞ?」


 俺は、ギプスで固定された腕を振って示す。


「どうせこいつが目当てなんだろ? レフェリーの目を盗んでギプス固定式ラリアットの反則攻撃をするヒールレスラーごっこ、してみたいんじゃないのか?」

「そりゃそうでしょ」

「正体現したな」

「だって~、うち妹しかいないから、プロレスごっこなんてできないんだもん。こういう時、男兄弟が欲しいなーって思うよ」

「……桜咲さんの兄弟に生まれてなくてよかったよ」


 横暴な姉に頭が上がらない可哀想な弟が完成していただろうからな。


「それはそれとして」


 俺は、ジュースが入ったカップを脇に置く。


「桜咲さんがバイト先でも楽しそうでよかったよ」

「え!? 名雲くん、わざわざ瑠海を心配して様子見に来たの?」


 ズズズ……とストロー越しに吸い込んでいた口を止めて、桜咲は頬を赤らめさせた。


 そういう勘違いしそうな反応はやめてくれよな。


「一応な。だって桜咲さん、闘神ショップに不採用になった時、落ち込んでただろ」

「ぐぬ……まあ、ねえ。ちょっと瑠海が逸材過ぎたっていうか」


 気まずそうにする桜咲。


 桜咲のバイト先は、プロレスグッズの専門店である闘神ショップではなかった。


 夏休みが始まる前に陽キャ仲間に宣言していたくらいだから、てっきり夏の間はそこで働くものと思っていたのだが、どうも面接は受けたものの、桜咲曰く『情熱が強すぎた』せいで不採用になってしまったらしい。


 プロレス関連のグッズショップだからといって、プロレスに詳しければ採用される決まりはない。逆に、熱心なファンであることが揉め事に繋がると危惧されて不採用になる方がありそうなことに思えた。特に聖地K楽園があるS道橋の闘神ショップは、桜咲が推している朝日プロレスのイベントを開催することもあるし、選手と近い位置にあるからな。


「大丈夫か? 闘神ショップに通いにくくなってない?」


 以前、闘神ショップで親父のミニ展示会が開催された時、桜咲と一緒に訪れたことがある。充実した顔で買い物をする光景を目にしていたから、バイトとして不採用になったことで、居心地のいい空間を失ってしまったのでは、と俺は真面目に心配していた。


「いやフツーに通ってるし。今日もバイト終わったら新入荷グッズをチェックしに行くつもりなんだから。面接の時にアピールしまくったおかげで、店の人にプロレスのことめっちゃ好きな人だってことはわかってもらってるからね」

「なるほど。プオタ仲間としての面接はパスしたってわけか。それならいいんだけどな」


 そうだ。桜咲は俺と違って、コミュニケーション能力強者の陽キャなのだった。


 不採用になった店に通えなくなるどころか、新たな友達の輪を広げてやがる。


 桜咲は、何かに気づいたような顔をして、得意気にニヤニヤした。


「へぇ。ふーん」


 マウントを取ったみたいないやらしい笑みを浮かべながら、ピンク色の髪の毛先を指でくるくるし始める。


「心配しなくても、瑠海にプオタ仲間が増えたって名雲くんとお話してあげるよ?」


 こいつは何を言い出すんだ?


「名雲くんにはまともな友達なんて瑠海くらいしかいないから、得意のプロレストークできる人を他に取られちゃったら、ぼっちに戻っちゃうもんね」


 桜咲の勘違いはどこまでも加速する。そしてこいつ、嬉しそうな顔するんだよな。


「でも安心してよ。瑠海だって鬼じゃないし、名雲くんの友達は続けてあげるから」

「はいはい、ありがとうよ」


 俺は、まったく感情を込めずに感謝の言葉を述べた。

 この手の調子ノリには、適当な返事をして相手にしないに限る。


「あらら~、ふてくされちゃって」


 俺の頬を人差し指でつんつんしてくる桜咲。


「名雲くんは、遠慮しないでプロレストークできちゃう人なんだから、瑠海に新しいプオタ仲間が増えたって気にすることないのに」

「…………」

「瑠海の一番のプオタ仲間として、誇ってもいいよ?」


 足を組み替えて、ふんぞり返る桜咲。


 こりゃもう何言っても無駄だな、と判断した俺は、お前は何を言ってるんだ? という顔をしたまま黙り込むことに決めた。


 それでも桜咲は、1人で舞い上がって、上機嫌のまま食事を続けるのだった。

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