第12話 浴衣の約束 その3

「そういえば、来月末にこの近くでけっこう大きな夏祭りやるんだよね? 花火もバーンって上がるやつ」


 まるで話題を変えるように、結愛が言った。


 結愛は、俺の家庭事情を知っているからな。篠宮恵歌という存在が地雷と知っていて、フォローしてくれたのだろう。


「ああ、そうだな」


 俺も、これ以上母親のことを引っ張りたくないから、結愛の話に乗った。幸い、インタビュー映像もそろそろ終わりそうだったし。


「地元の人間は、毎年のように参加するみたいだな。わりと盛り上がるらしい」


 俺は行ったことないけどな、とぽつりと付け加える。


 俺の地元では、毎年夏休みが終わるくらいの時期になると、納涼の夏祭りが開催される。


『慎治行ったことないの? じゃあ今年は一緒に行こうよ』


 結愛が無事な方の手を引っ張って、グイグイといつものノリでねだってくるものと思っていたのだが、何だか考える素振りを見せて沈黙していた。


 結愛のことだから、みんなで行こうよ! だなんて言ってくるものと思っていたので、拍子抜けしそうになる。


「じゃあ今年は、みんなで行っちゃう?」


 どうやら違和感は俺の勘違いだったらしい。いつもの結愛だ。


「行く!」


 新作ホラー映画の番宣コーナーが終わったことで、ワイドショーに興味を失った紡希が結愛に飛びつく。額の部分で結愛の胸をぐりぐりして、同性だからこそ許される特権を行使していた。


「あのね、わたし、夏祭りは浴衣で行きたいなー」

「待て。うちに浴衣なんかないぞ?」

「浴衣がないなら買えばいいじゃない」


 紡希は譲らなかった。


「そんな市民にケンカ売るみたいなフレーズを口にするのはやめろ。だったら私服で行けばいいじゃない、と言い返しちゃうぞ」

「でも~、せっかくのお祭りだし……」


 紡希はこちらにとてとてと寄ってきて、俺の腰にまとわりつく。


「結愛さんと、シンにぃと一緒に行く初めてのお祭りだから、特別なカッコしたいんだけどなぁ」


 紡希のまっすぐな視線が俺の脳天を居抜き、脳みそは一時的にその機能を失う。


「よし。買うか!」


 そうまで言われたら、仕方がない。


「まーた慎治が妹に体で籠絡されてる」


 呆れるような口ぶりだが、結愛は微笑ましいものを見守るような笑みを浮かべていた。


「まー、慎治がいいって言うならいいけどね。私、昔着てた浴衣があって、もうサイズ合わないから、紡希ちゃんに譲ろうかなって思ってたんだけど」

「結愛さんの!」


 今度は結愛の方へ飛んでいく紡希。おい、あからさまに現金な行動をするなよな。


「結愛さんのお古なら、そっちの方がいい」

「買わなくていいのか?」

「だって、結愛さんが一度着たやつの方が価値があるでしょ?」


 なんとも変態的な発想をする義妹である。まあ、気持ちはわかるけどな。


「じゃあ、お盆で実家帰った時に浴衣持ってきてあげるよ」

「いいのか?」


 実家か……やはり結愛は、不仲な両親の元へ一旦戻る気でいるようだ。


「いいよ。紡希ちゃんのためだもん」


 結愛の表情には、不安や憂鬱な色合いは見当たらなかった。


「そっか……。じゃあ、ありがたく厚意に甘えさせてもらうか」

「そうそうそ。私がそうしたいって言ってるんだから、素直に甘えちゃった方がいいよ」


 紡希をくっつけた結愛が、こちらに寄ってくる。


「未来の義妹いもうとのためだし、助け合わないとね」


 パチリと片目を閉じる姿がやたらとサマになっていた。それはいいんだが、結婚前提に付き合ってますみたいな言い方は、こっちのメンタルが保たないからやめてくれ。まあ紡希を安心させることはできそうだけど。


「わー、楽しみだなー。早く8月の終わりになればいいのに!」


 紡希は、結愛の手と俺の手を取って、交互にぶんぶんと振り始める。


 夏祭り当日が来たら、それは夏休みが終わる合図だというのに、紡希は待ち遠しい気持ちをまったく隠しきれていなかった。


 とりあえずは、いい思い出を残してやれないまま夏が終わるような事態は避けられそうだ。


 俺自身の不甲斐なさを認めることにはなるのだが、やっぱり結愛がいてくれれば、紡希をがっかりさせたり悲しませたりすることにはならないんだよな。

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