第1話 俺は真面目に勉強したい その1
『夏休み』から、何を連想するだろうか?
俺がまっさきに思い浮かべるのは、山のように出される宿題だ。
誰からも嫌悪され、夏休みの汚点のように扱われ、始業式直前まで遠くに追いやられる印象が強い宿題イベントだが、俺はこいつに感謝していた。
宿題に取り掛かっている時だけは、夏休みを有意義に過ごす感覚を味わえるからな。
出かける予定のないぼっちの言い訳になるから、という理由で好きなわけじゃないぞ。
自分の力を発揮できる機会がある喜びから、俺は昔から夏休み開始早々に宿題を片付けてしまっていた。
当然、今年もそうするつもりだったのだが……。
「ねぇ慎治~。見て見て、私両手でペン回しできるんだよ?」
俺の部屋にいて、丸いローテーブルの前に陣取った結愛が、両手にそれぞれペンを挟んでくるくる回す、というどうでもいいパフォーマンスを始める。
金色に近い栗色の長い髪に、夏場だろうと日に焼ける気配のない艶めかしい白い肌をして、メイクにより気の強そうな印象を受けるクラスメートのギャルだ。
「これヤバくない?」
「どうでもよすぎてヤバい」
「慎治、ちゃんと見てくれてないじゃん~」
結愛の向かいの位置に座り、宿題のプリントを広げている俺は、義理で一瞬視線を向けたのを最後に興味を失っていたのだが、結愛の手で頭の位置を修正され、強制的に手元を見るハメになる。
「もう一回やってあげるから見ててよね」
やたらとカラフルでキラキラした爪から爪へと渡り歩くように、シャーペンがうねうね回りながら移動していく。
「結愛、さては飽きたな?」
「飽きてないってば」
こいつ……とうとうペンを鼻と唇で挟み始めた。完全に飽きてるじゃねぇか。
まあ、結愛の気持ちもわからないではないのだ。
結愛は、夏休み前最後のテストで、とても頑張った。
苦手な理系科目で、赤点どころか平均点超えを達成するまで学力を上げたのだ。
俺も、どちらかといえば文系の人間だから、苦手な科目で結果を出すことがどれだけ大変か理解できる。
今の結愛は、そんな大きな困難を1つ乗り越えて間もない状況なわけで、軽い燃え尽き症候群的な状態なのだろう。
夏休みの初週に宿題を仕上げてしまうのは、あくまで俺のペースだ。無理して結愛を巻き込むことはない。
だが、勉強に対してやる気を見せないことは、この場では問題があった。
肩を越す程度の長さの黒髪に天使の輪みたいな輝きが浮かんでいる、可愛らしく小柄な義妹も、この場にいるからだ。
そんな紡希は、結愛の隣で、別の折りたたみローテーブルを持ち出してきて勉強道具を広げていた。
成績優秀な紡希だが、マメなタイプではないので、本来なら宿題を片付けるのはもっとギリギリになってからだ。
結愛も一緒だから、と言えば、紡希も早く宿題を片付けると思って誘ったわけだが、結愛のモチベーションの低さに引っ張られているように見えた。
マズいなぁ。俺の狙いは裏目に出たか。
「シンにぃ、結愛さんにはご褒美が必要なんじゃない?」
紡希が言った。
「それよ。紡希ちゃんナイス」
立てた親指を紡希に向ける結愛。
余計なこと言ってくれたなぁ……。ただ、燃え尽き症候群気味の結愛を奮い立たせるには、それなりの対価を支払うべきなのかもしれない。
「……じゃあ結愛は、何が欲しいんだ?」
「えーっとねぇ、私はねぇ」
急に甘ったるい声を出しながら、結愛が俺の隣にやってくる。
結愛が床に座ると同時、夏場に似つかわしくない甘く爽やかな匂いがした。
夏場の結愛の私服は露出度が高いこともあって、隣に来られたら動悸のペースがおかしくなる。これ、一生慣れることはなさそうだ。
……いやいや、なんで一生添い遂げることまで考えてるんだよ、飛躍しすぎでしょうが。
「私がこの辺の問題解いたら、慎治が――」
結愛が、ろくでもないことを考えていると容易に推測できる顔で提案しかけた時だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます