第53話 ヒールターンはブレイクの予兆 その1
授業が始まる。
うちの学校では、机と机の間は人が通れる程度の幅を取らないといけないため、隣同士だろうと机同士をくっつけるシステムにはなっていない。
だから、左隣の席に越してきた結愛と机をくっつけているのは、とても目立った。
机同士の距離が近いのをいいことに、結愛は椅子を俺の方へ寄せるので、俺の机を2人で使っているような状況になっていた。近頃結愛とは物理的にも接近する機会が多いのだが、そのシチュエーションが教室になっただけで普段以上にドキドキさせられてしまう。
テスト明けで、終業式が迫っているこの時期だ。教師も多少中だるみしているようで、教室内で唯一机がくっついていようと、わざわざ咎めることはなかった。訳ありなのは、俺の左腕にくっついているモノを見ればわかるだろうしな。
距離が近いのをいいことに、結愛は授業中だろうと平気で俺に話しかけてくる。
「名雲くん」
結愛が俺を呼ぶ。もはやすっかり名前呼びされる方が慣れてしまっているせいで、名字呼びだとむずむずするな。
「ノート、代わりに取ってあげよっか?」
「大丈夫。利き手は動くから」
怪我人のフォローという事情で納得してもらっているとはいえ、結愛と親しいことがバレたら穏やかではいられないであろうクラスメートのことを気にする俺は、不自然さが際立つような話し方になってしまう。
「高良井さんは自分の板書に集中して」
「タカライサン!」
ぷぷっ、と吹き出しかけた結愛は、口元を抑えて涙目になる。
くそ。自分は平気で『名雲くん』呼びなのに……。
「そーだね。ノートはちゃんと取らないとね」
ニヤニヤし始める結愛は、ノートにシャーペンを走らせる。
『今日も放課後、慎治のトコ行くから』
ノートの端に、俺ではとうてい再現できそうにない丸っこい字で書いていく。
『今度こそ、お風呂手伝わせてね』
おいやめろ、という視線を結愛に向ける。
ガッツリと俺に向いている結愛の大きな瞳は、膜を張ったように潤んで輝いて見えた。
こいつ……バレてはいけないスリルを味わうことを楽しんでいるんじゃないだろうな?
『安心してよー。私も手ぇ使わないで洗ってあげるから』
なにがどう安心なんだよ。不安しかないだろうが。紡希に頼んだ方がよっぽど安心だ。
そんな調子で、結愛は授業中だろうと遠慮なく話しかけたり世話を焼いたりしてくるのだった。
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