第49話 ペンを握れるなら実質ノーダメージ……にはならず その1
学校を休むのなんて、高校に入学してからは初めてだった。
今朝のことだ。
らしくないことをしてしまった翌日、俺は腕の異変を、早速紡希に気づかれてしまった。
「……シンにぃ、なんか左腕変じゃない?」
朝食の席で、向かいに座る紡希が俺をじーっと見つめて言った。
次いで紡希は、目の前の皿を指差す。
「それにこの目玉焼き……いつもよりぐちゃっとしてて、白身もまん丸じゃない。……これはシンにぃの左腕がいつもの調子と違ってフライパンをちゃんと動かせなかったから」
「おっ、名探偵ごっこか?」
うちの義妹は、ひょっとしたら見た目は子供で頭脳は大人な可能性がある。
「シンにぃ~、ごまかさないで」
紡希は憤慨した様子で、俺の横に回り込んでくる。
「なんかシンにぃわたしに秘密にしてることあるでしょ」
「ないよ、ない」
未だにじわじわとした痛みがある左腕を、咄嗟に隠してしまう。
「つん」
「痛っ」
「ほらぁ! 指で突っつかれただけの反応じゃないよ!」
指を立てた紡希が、ぷんすかしながら頬をふくらませる。
「隠さないで本当のこと言って。言わないとほっぺにチューしちゃうんだから」
「どうして隠す方がご褒美になるんだ?」
「ご褒美じゃないよ! わたしとチューしちゃったら浮気になっちゃうでしょ! 結愛さんに嫌われちゃうんだから!」
拷問されても情報を吐かない誇り高き捕虜のような振る舞いをしたいところだったが、結愛を悲しませる結果になるようなことをすれば紡希から嫌われてしまうので、これ以上秘密にすることはできなかった。
「実は昨日……昼休み中にちょっとあって腕やっちゃったっぽいんだよな」
恥ずかしいから詳しいことは言えなかったのだが、紡希は、どんくさい俺が変なコケ方をしたものと思ったようだ。いや、いいけどな? 別に褒めてもらいたかったわけじゃないし。
「ていうか、折れてるよー、それ。わたしがつんつんしただけでシンにぃ飛び上がっちゃったんだもん!」
「そうだな……ひょっとしたら折れてるかもな」
昨夜に比べれば収まりつつあるとはいえ、未だに残る痛みからして、とてもじゃないが無傷とは思えなかった。
「もうっ、なんですぐ言ってくれなかったの!」
紡希は怒った。……だが、目に涙が浮かんでいるのが見えてしまった。
「わたしだって家族なのに!」
そう言われた時、俺は紡希に何も言わなかったことを心底後悔した。
せっかく紡希が、家族を自認するくらい名雲家に馴染んでくれているのに、俺はそんな紡希を蔑ろにしてしまったのだ。
「わかったよ。ごめんな。……今日、これから病院行ってくるから」
「そうした方がいいよ。わたしのことは送らなくていいから、ちゃんと行ってきてね」
納得してくれたのか、紡希が席に戻っていく。
「シンにぃが痛い思いしたら、わたしが心配しちゃうんだからね。これからなんかあったら、ちゃんと言って」
「ああ、そうするよ、ありがとうな」
「そうだ、今日の料理当番は代わりにわたしが――」
「大丈夫だ。利き腕は無事だから」
「でも」
「任せろ」
これだけは譲れなかった。
実は紡希は……料理がとっても下手なのだ。いや、作ろうと思えばちゃんと作れるのだ。だが、レシピ通りにつくることなく、自分だけのオリジナル感を出すことにやたらと躍起になるせいか、完成したものはどれも不思議な味がするものばかりだった。
紡希に料理当番を任せたら、今度は腕じゃなくて腹を壊してしまうかもしれない。
「そっか。でも、無理しないでね」
紡希が天使の如き笑みを見せてくるので、もう絶対に無茶はできないと思った。
期末試験が終わったとはいえ、授業を欠席するのは、勉強をアイデンティティにする俺からすれば避けたいことだったのだが、紡希から言われてしまったら、従うしかない。
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