第19話 初めてのプレゼント選び その1

 桜咲は無事にお目当てのトートバッグを手に入れることができた。


 名雲弘樹関連のグッズを5000円分以上買う必要があったので、桜咲の手には、闘神ショップ印の袋がぶら下がっている。桜咲ならもう持っているだろうにな。それでも桜咲はホクホク顔で、この世の春を謳歌しているみたいに満たされた姿でそこにいた。


「名雲くんは、買わなくてよかったの? あんな並んだのに」

「悪いが、金欠なんだ」

「えー、ファンなら嫁を質に入れてでも名雲グッズを買い占めるでしょ。……あ、もしかして、結愛っちになにかプレゼントするから、それで?」

「そんなとこかなぁ」


 そんな予定はない、などと答えたら、桜咲から激怒されそうだったので、そういうことにしておいた。


 何かしら安いものでもいいからプレゼントしないといけない流れになったな……。桜咲のことだから、「名雲くんからなんかプレゼントされた?」って結愛に直接聞いて確認しそうだもんな。


「ふーん、瑠海と一緒なのに結愛っちのこと考えてたんだ?」


 嫉妬と捉えられそうな発言だが、桜咲はニコニコしていた。ひょっとしたら、名雲グッズを無事購入できた時よりもずっと。


「ま、プレゼントするくらいで調子に乗られても困るんですけど。あたりまえのことなんだからね」


 毒づくわりには、桜咲の笑みは崩れていなかった。結愛を大事にすることで、桜咲の機嫌も良くなるらしい。


 今日は桜咲の以外な一面も見れたし、苦手意識も薄らいだし、ただ並んだだけなのに十分な収穫があったな。


 これで心置きなく帰宅できるぞ、と思っていながら、駅まで戻った時だった。


「あれ? 名雲くんどこ行くの?」


 コインロッカーの前に立った桜咲が首をかしげる。


「TKドームまで行くんでしょ?」


 そういえば、ハンバーガー屋でおごってくれるとか言っていたな……。


「ああ、そうだった、そんな話だったな」


 桜咲の満足気な笑みは、まだ保たれたままだった。

 プロレス話とは関係のないところで、こんなにもニコニコしている桜咲を目の当たりにするのは初めて、できれば桜咲の表情を曇らせるようなことはしたくなかった。


「妹が今、1人で留守番中だから、ちょっと連絡入れさせてくれ」

「へー、名雲くんって妹いるんだ? 瑠海のとこもいるよー」


 どうやら俺と桜咲には、プロレス以外にも、妹がいる、という共通項があるようだ。


 紡希にMINEで一報を入れると、『今、ホラー観てないから平気~』と返ってきた。それだとまるでホラー映画を観る時以外は俺を必要としていないみたいだなー。……俺、それ以外の用途でも必要とされてるよな?


「なんでちょっと凹んでんの?」

「いや、ちょっとな。年頃は難しいところがあるよなって思って」


 桜咲からウザがられるかと思ったのだが、うんうん頷いてむしろ同意してくれていた。妹に関しては、桜咲にも思うところがあるみたいだな。


 紡希に連絡をして一安心した俺は、桜咲におごられることにするのだった。

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